
欧州がEV政策を修正 環境を急減速、ロシア・中国の脅威の影に備える
欧州連合(EU)が2035年にエンジン車の新車販売を原則禁止する方針を転換しました。欧州車メーカーは中国や米国のEVに対する競争力が劣り、中国の安値攻勢も加わって業績は低迷。自動車産業が国の経済を支えているドイツやイタリアなどがEVへの全面転換に強く反対したことで潮目が変わり、EVを軸にした欧州の環境政策を急減速せざるを得ませんでした。
ロシアは29年までに欧州に攻め込む?
ただ、額面通りに受け取るわけにはいきません。世界を主導する覚悟で決断した画期的なエンジン車の全面転換を修正した理由がまだあるはず。
ロシアによるウクライナ侵攻の影です。ドイツや北大西洋条約機構(NATO)は2029年までにロシア軍がウクライナ侵攻で被った損失を回復し、欧州に攻め込む可能性を指摘しています。ドイツは高まるロシアの脅威を念頭に兵役を志願を基本にした徴兵制度に改めるなど兵力増強を開始しています。
ところが、ドイツ経済はGDPのマイナス成長が続いており、「欧州の病人」とまで呼ばれています。ドイツを代表するVWは、中国市場の販売低迷やEV投資が負担になって経営不振から抜け出せず、創業以来初めてドイツ国内の工場閉鎖を決定しました。ロシアの脅威に備えて国防支出を増やすためにも、国内経済の回復を最優先しなければいけません。
ロシアの脅威は欧州すべての国にとって同じ。フランス、スペイン、スウェーデンなどが「エンジン車ゼロ」を掲げたEVの推進政策を転換すれば混乱を招く」と抵抗していましたが、ドイツやイタリア、さらに東欧諸国が疲弊してしまったら、欧州が一丸となってロシアに対抗する体制を2029年までに整えることができなくなってしまいます。
米国のトランプ大統領の口撃もあります。NATOに対する欧州の負担が少ないとして国防費関連の支出を対GDP比で2%から5%へ引き上げるよう要求。NATO加盟国は2035年までに5%も引き上げることで合意せざる得ませんでした。欧州各国にとって、EV政策で経済が停滞する事態は絶対に避けなければいけませんし、そんな余裕はまったくありません。
ドイツなど欧州車メーカーを救済
EV政策の転換に苦心の跡が残ります。2050年までにCO2など温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標は変わらないとしながらも、2035年までに義務付けたCO2排出量の21年比100%削減は90%削減に緩和するなど規制を大幅に修正。CO2の排出量を抑える合成燃料やバイオ燃料の使用を求める一方で、新車市場で人気が高いハイブリッド車を販売禁止の対象から外して自動車メーカーの新車販売を支援しています。
欧州のEV政策から中国との関係修正も鮮明に見えてきました。EVは予想に反して新車市場でシェア16%にとどまっていますが、市場の主導権はBYDなど割安な中国製EVに奪われ、欧州車の窮地に拍車をかけています。EUは対抗措置として全長4・2メートル以下の低価格EVのカテゴリーを設定して、欧州車メーカーに開発・生産を促しています。
中国との経済関係も見直し
欧州と中国の経済関係にも見直しが始まりそうです。ドイツはじめ欧州は世界第2位の経済大国に成長した中国と貿易関係を深めてきましたが、中国依存度の高いVWの経営悪化が物語る通り、危険であることがわかり、フランスなども対中関係の距離感を変えようとしています。
ロシア・中国をにらみ、軌道修正が始まった環境政策。今後、どう継続されていくのか。地球温暖化防止はどこかに置き去りにされてしまうのでしょうか。

