フラット35の限度額、1億2000万円に ローン地獄は若い世代の東京離れを加速

 「ふらっと利用できるわけないじゃない!」。悪い冗談としか思えません。

悪い冗談?

 住宅金融支援機構が2026年4月から「フラット35」の融資限度額を8000万円から1億2000万円へ引き上げます。東京23区の新築マンションの平均購入金額が1億3000万円を超えるなど首都圏の新築住宅が高騰する動きに対応しました。民間の金融機関はすでに1億円超のローンが設定されており、限度額が突出しているわけではありません。むしろ金利上昇に転じた今、35年間を固定金利で返済できるため、若い世代を中心に人気が出ています。

 もっとも、毎月の返済金額に大きな変動がないからといって、1億円超の住宅ローンはふらっと申し込める金額ではありません。「フラット」の呼称が悪い冗談にしか思えません。

 1億円超の住宅ローンを組むためには、年収1400万~1500万円が目安とされています。でも、自身や知人らの経験と照らし合わせれば、1000万円超の年収ぐらいじゃとても無理。毎月の生活を切り詰め、すべて返済に注力するならともかく、子育て資金や実家への里帰りなどでどうしても予想外の費用が加わってきます。時には贅沢もしたいでしょう。

23区は諦めるしかない

 仮に1億円超のローンを前提に生活費、教育費、老後の資金など想定した人生の返済計画を練り直したら、ローン返済に縛られる人生が待っているだけとなってしまいます。新築を諦めて中古住宅、あるいは賃貸を選んだとしても、東京周辺の地域に住み続けるハードルはかなり高い。首都圏全体でみても、新築マンションは平均1億円近い水準に届いていますから、首都圏でも辛いのかもしれません。

 数年前、東京23区をホームベースにしている不動産業者が予言していました。「23区で新築マンションを購入できるのは富裕層か外国人。普通の日本人じゃ買えないよ。共働き世帯でも23区外、東京都下になってしまう」。実際、その通りになりましたが、その不動産業者が危惧していたのは「若い世代は東京に住めない時代が訪れる」ことでした。外国人が購入した場合、投資目的が多く常に住んでいるわけではありません。「東京から若者が去れば、街はスカスカ。夜になればマンションの窓から灯りが漏れるのは、半分程度。活気が失われ、ゴーストタウンになってしまう」と苦笑していました。

 ジョークで済むならうれしいですが、すでに南半球のオーストラリアとニュージーランドで始まっていました。7年ほど前、シドニー、オークランドと相次いで訪れた時、「若者はもう街中で住めないよ」との声を多く聞きました。オークランドでは「ほら、あのマンションをみてごらん。夜は真っ暗だろう」と指差すビルを見ると、ほとんどの部屋が暗いまま。「中国の個人投資家が購入している」と説明していました。

シドニーは3年間で4割上昇

  シドニーも住宅価格は長年にわたり上昇を続けており、家賃も高騰。平均賃料は3年で約4割上昇しています。背景には元々、海外からの移民や留学生を多数受け入れており、住宅は供給不足でした。そこに中国などアジアからの投資マネーが加わり、新築、中古を問わずマンションを購入、住宅相場を一気に押し上げてしまいました。オーストラリアは移民国家ですから、移民急増を拒否するわけにはいきませんが、現地メディアは「大学生がシドニーから追い出されている」と批判していました。

 東京でも始まります。東京で暮らすために多額借金を背負うか、あるいは東京を離れるか――若い世代は、そんな重い選択を迫られています。ごく一部の富裕層やアジアからの投資マネーで東京など首都圏の住宅相場が高騰し続ければ、確実に若い世代は東京から押し出されます。誰でも「人生設計がローン中心」なんて毎日を受け入れたくないでしょう。

 東京は「ローン地獄に耐えられる人」だけが過ごす街になってしまうのか。誰もが住み続けられる街にどうデザインするのか。「フラット35」の限度額1億200万円は近未来の危機を予言しているのです。

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