シニアライター釜島辺の「求職セミナー体験記」(1)初めてのハローワーク

 65歳の定年を目前に新聞社をリタイアした僕は年功序列主義の恩恵を受けた昭和世代のサラリーマンだ。物価がうなぎ上りなのに賃上げ率は低迷する今のニッポン社会にあって、年金生活者の僕にはもはや「最低賃金」も「成果報酬型給料」も眼中にはない。だけど往生際が悪いのか、「やりがい」と「社会貢献」が両立する気ままな仕事を探し求めたくなった。そんな新米老人が模索した日々を連載「求職セミナー体験記」としてお届けする。

再就職前提の失業手当

 その第一歩として始めたのが職安通いだ。せっかく自由な渡世人の身になったのだから40年続けた新聞記者の身についた垢(あか)を落とし、おもしろそうな仕事があれば挑戦しようと考えた。

 65歳になって2日目。わが町の職業安定所に出向いた。「ハローワーク」という軽やかな呼び名もあるが、「職安」には胸を締めつけられるような重苦しいイメージがある。意を決しドアを開けるといくつも番号を掲げた窓口が見える。急に秋めいてきたせいか、上着をはおった求職者もいて身が引き締まる。この心細さは異国ニッポンで職探しをする外国人の心境と似ているのかもしれない。

 この職安通い。実は当面の失業手当(基本手当)を得るための「求職活動」も兼ねている。雇用保険制度の趣旨に沿って正確に表現するなら「再就職に向けた失業等給付の支給を受けるため」である。つまり、「失業」の身であろうと「積極的に就職しようとする気持ち」が不可欠なのだ。「退職したから少しのんびりしたい」という本音とどう折り合いをつけたらいいだろうか、そこがちょっと悩ましい。

 揺れる心を抱えながら訪れた職安。新型コロナウイルスの感染予防で仕切りを立てた相談窓口は銀行と同じ体裁というか、カウンターの隣の席を仕切った居酒屋のようでもある。コロナのせいで壁のポスターにある講習会、説明会も「中止」の文字が目立つ。

求職現場を体感

 職を求めてやって来た人たちは40代前後の女性が多いと感じたが、髪を黒く染める暇がないのか地肌から1センチくらい白髪がのぞく僕と同世代の女性や、よれたジャンパーの背を丸めて順番を待つ初老男性もいる。みな不安そうな眼差しを浮かべている。いや、他人様の観察などしている場合ではない。筋肉が緩んでヨロヨロし、老年性のシミが顔に浮かぶ我が身はどうか。「なまった体で働けるのか?」と自分に突っ込みを入れる。

 新聞記者をしていた僕は1980年代末に労働問題を担当したことがある。「総評だ、同盟だ、全的統一の連合だ」などと、組合のスタンスや政治路線を論評していたが、今回の職安で体感した「労働」の景色はまったく違った。そう、僕はなにも労働の現場を知らないまま、新聞社という安全地帯から想像の世界で記事を書いていたのだ。会社の看板も失って職探しの現場に身を置いて初めて、「職に就くのは大変なのだ」と痛感した。

丁寧な窓口対応

 最初の作業は失業手当受給手続きだ。窓口の担当職員は男性も女性もいる。「できれば、お手やわらかな女性だといいな」などと不埒(らち)な思いで向かうと、50歳前後の男性がお待ちかねだ(失礼でごめんなさい)。落胆を悟られないよう行儀よく正面に座る。ところがその担当者、ヒンヤリとした印象の金ぶちメガネに似合わず、物腰がすこぶる柔らかい。「どうもご苦労様です」と驚くほど低姿勢で、受給資格もすんなり与えてくださる。「なんや、職安の人たち、やさしいやん」と拍子抜けしつつ、「女性の方がいいだなんて、ほんまに、お前はジェンダー感覚ゼロやな」とまた自分に突っ込みを入れる。

 続いて「雇用保険の給付を受けるための求職の申込み」と記した窓口へ回る。こんども担当者は男性である。見た目は30代後半、シュッとして紳士的。利用ガイドの冊子「はじめてのハローワーク」を渡され、「しっかりとした求職の姿勢」を示すことなど失業手当を申請する者としての心得を懇切丁寧に説明していただいた。

 僕が持参した書類に目を通し、職歴に新聞社勤務と書いてあるのを発見した彼は一瞬、「おやっ」という顔になり、「長く仕事されていたんですね」とつぶやく。「おー、分かってくださるか」と内心ホロリ。再就職のイメージが沸かないまま申請書の希望職種欄に「単純労働」と書き込み、その男性職員に「とりあえずなんでもいいです。草むしりとかラブホの掃除とかでも……」とぼそっと告げた。

覚悟問われる失業

 深くこうべをたれて席を立った僕はパンフレットをがっぽりリュックに詰め込み、職安を後にした。ああ疲れた。フーっと息を吐き、スマートフォンに目をやると、今出たばかりの職安から着信履歴がある。「さては、何かまずいことが起きたか?」「資格取り消しか?」

 おそるおそる、あの金ぶちメガネおじさんのところへ出頭する。私の姿を見た金ぶち氏は「あー」という安堵の表情を浮かべ、先ほど渡した申請書を取り出し、「ここにマル印を書いていただくのを忘れていましたぁー」と、顔が机にくっつきそうなほどの超低姿勢で恐縮してくださる。そんなこんなで求職活動の第一歩である職安の初訪問は終わった。失業者に対して、行政がこれほど丁寧に対応してくれるとは不覚にも知らなかった。

年金の「足し」に

 平均寿命が大幅に延びたことで、昭和の時代には隠居のイメージで語られた60代や70代はもはや「老後」とは言えない。長生きして年金の受給期間が長期化するのだから、昔のように年金が潤沢にある時代ではない。だから生活資金の面からみても、減少する年金の「足し」を求めて仕事をしたいシニアはたくさんいるはずだ。

 コロナ禍で自宅や避暑地からオンラインで仕事をするワーケーションなる働き方がIT企業の若手あたりで流行しているようだ。「Work(ワーク)」と「Vacation(バケーション)」を合わせた造語だが、田舎で趣味の畑仕事を楽しんでいる僕だったら、さしずめ〝シニアワーケーション〟といったところか、なーんて思ったりしながら定年シニアの模索が始まったのである。(つづく)=釜島辺(かましまへん)

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