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リニア新幹線が突きつける水資源・大深度 川勝知事が消えてもJR東海の課題は消えない

 静岡県の川勝平太知事が辞任を表明しました。職業差別など何度も繰り返される不適切な発言に加え、着工に反対し続けたリニア中央新幹線が開業延期したことが大きな区切りとなったと説明します。辞任によってJR東海が進めるリニア静岡工区が前進するとの見方も出ていますが、それは「木を見て森を見ず」の勘違い。川勝知事が反対理由として指摘してきた水資源など自然環境の保護は、だれもが関心を持ち、日本全体でも無視できない重要な問題をいくつも提起しています。

 将来、東京・品川ー名古屋を40分間で結んだとしても、自然のみならず地域経済に大きな打撃を与えてしまったら、10年、20年の歳月をかけても取り戻せない後遺症を残すでしょう。JR東海の視野から川勝知事が消えても、国民生活を守る環境保護が消えることはないのです。

 川勝知事は記者会見で「JR東海と真摯な対話を続けてきたが、昨年社長が代わり雰囲気が変わった。リニアが大きな区切りを迎えたのが一番大きい。県民の皆さまとお約束したリニア問題については一里塚をしっかりこえて、JR東海と信頼関係を作り上げてみんなが喜ぶ形になればいいと思う」と発言しています。リニア中央新幹線が目標とした2027年の開票断念は「重要な、爆弾的なニュースでこれで思いのまま後は任せられる。これが大きな理由だ」と辞任の理由を説明しました。

浜名湖を疾走する東海道新幹線

 川勝知事がリニア中央新幹線を進めるJR東海を強い言葉を使って批判した背景として、東海道新幹線の「のぞみ」が静岡県内の駅に停車せず、リニア新幹線は静岡県内に停車駅すら設けないため、その意趣返しとの見方もありました。川勝知事本人に取材したことがありませんので胸の内はわかりませんが、反対する理由として指摘する水資源の保護は、駅の停車問題などに左右される、感情的な問題ではありません。

トンネル湧き水の県外流出を懸念

 リニア中央新幹線は2037年をめどに東京・品川—大阪間の全線開通を計画しており、その前の27年に品川—名古屋間を部分開業する予定でした。しかし、川勝知事は新幹線の静岡工区の着工に反対し、予定よりも6年以上も遅れている現在でも着工できていません。今、着工できたとしても10年かかるため、開業は2034年以降に先送りされることになりました。

 リニア中央新幹線は、時速500キロで疾走します。当然、路線網は直線が最適。街中や山脈を避けながら走るのは不可能なため、トンネルを利用します。その路線の主幹となる「南アルプストンネル」は、山梨県の富士川水系、静岡県の大井川水系、長野県の天竜川水系を貫きます。南アルプスの地下は東西に破砕帯と呼ばれる水が浸透する断層が連なっており、とりわけ大井川は直下にトンネルが通過する極めて珍しい工事計画となっています。

 工事開始の前、大手ゼネコンの社長が断言していました。「トンネル工事はこれまでにない難工事で、工事の採算は全く合わない。利益が出ないので、できたら担当したくない」。これほどの難工事なら、川勝知事でなくても慎重に工事の精査を求めるでしょう。静岡県内の大井川水系は、多くの住民の生活や農業、地域経済を支えています。万が一でも工事によって水量が減少する事態は絶対に避けなければいけません。

 ところが、JR東海は明快な答を示せません。静岡県境付近でのトンネルが他の工区のトンネルと連結するまでは、工事現場の標高が高いため、工事中に湧き出た水は静岡県よりも標高が低い山梨県と長野県に流出して、大井川には戻らないと説明します。流出するトンネル湧水は本来、大井川の中下流域に届くはずの水です。それが減ってしまえば流域に大きな影響を与えるのは必至です。しかも、水が流出する水量などはトンネルを掘ってみないと分からないそうです。

 静岡県内から危惧する声が高まり、静岡県が県外に流出する水を大井川水系の水資源だとして大井川に戻すよう求めるのは無理もありません。ようやく国交省が主導して静岡県が指摘する水資源流出についてJR東海、有識者らの会議を重ね、解決策を提示していますが、遅きに失しています。

 原子力発電所建設など巨大プロジェクトを推進する場合、着工前に地域の環境にどの程度の影響を与えるかを調べる環境アセスメントが必須です。本来なら、リニア中央新幹線でも静岡県の大井川水系の流出などについて環境アセスメントを実施し、その結果を流域の自治体や住民に説明して合意を得る手順が欠かせないはずです。静岡県の知事らの合意を得ていれば、リニア中央新幹線の工事はもっと順調に進んでいたでしょう。

膠着状態を招いた大深度法

 ボタンの掛け違いのような混乱を招いたのはなぜか。その疑問を解くキーワードの一つが「大深度」です。大都市における道路、鉄道など大規模な事業を地権者の承諾や補償無しに効率的に行えるようにするため、大深度法が2005年5月に施行されました。大深度の定義は「地表面から40メートル」または「建築物の支持地盤上面から10メートル」のいずれか深い地中を指します。

 地権を全く無視しているわけでなく、「土地所有権が及んでいないとは言えない」としながらも、公共の事業を私有財産権より優先します。国土交通省は、大深度法の濫用を防ぐため、被害防止や補償に最善を尽くすようガイドラインを公表しています。大深度法の事業として4事業が認可されており、リニア中央新幹線は2018年10月17日に認可されていました。

 1990年ごろから運輸省(現在の国交省)で大深度の法制化議論を取材していた経験からみると、JR東海が大深度法を活用して早急にリニア中央新幹線を具体化したい思惑を早くから感じていました。地上を走れば地権者との交渉や環境アセスメントに時間が取られ、着工の時期が確定できません。わかりやすい例は原発です。原発1基を建設するには10〜20年単位の年月がかかります。東海道新幹線の老朽化で更新投資を迫られているJR東海にしてみれば、リニア中央新幹線を構想通りに推進したいと考えるのはわかります。

対岸の火事ではない

 しかし、大深度法のメリットを利用した手法は、裏目に出て静岡県内の工事を巡る地域の合意形成に失敗しました。それは静岡県、リニア中央新幹線に限ることではありません。大深度法を活用した巨大プロジェクトの推進は、自然環境への影響・保護で手を抜いても、結局は大きな壁にぶち当たることを教えています。

 川勝知事の辞任でリニア中央新幹線の工事加速を望む声が静岡県外から出ているようですが、それは対岸の火事とみているからでしょう。大深度法を活用したリニア中央新幹線の工事が自身の地域で始まった時、予想もしない事態が発生したらどうするのでしょうか。明日は我が身なのです。

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