「アジアが消えた」 インド太平洋を唱えるQUAD・IPEFが変えるものとは

 米国、日本、オーストラリア、インドの4カ国は2022年5月24日、東京で首脳会議を開催しました。ロシアのウクライナ侵攻後の開催となったため、中国の台頭を念頭に台湾有事が議論される一方、米国のバイデン 大統領が提唱する新たな経済圏構想「IPEF(インド太平洋経済枠組み)」に日本、オーストラリア、インド、アジア各国の合計13か国が参加する方向が明らかになりました。

 この2週間ぐらい前から気になっていました。「アジア」が消えたのです。QUAD、IREFはインド太平洋を掲げ、「アジア」が見えません。もともとインド・アジア太平洋地域という言葉は一般的に使われませんから、タイトルも長くなるので「インド太平洋」と短縮したという理解もできますが、外交用語は私たちが普段使用する言葉と違って一言一句に重い意味を含ませています。あっさりと「アジア」が消えることを見逃すわけにはいきません。

 QUADは2019年、中国が進出を強めるアジア太平洋地域での抑止力を形成するため、インドを取り込む形でスタートしました。そもそもオーストラリアがインド洋とアジア太平洋を一体化した自由経済圏の構築、さらに軍事面など安全保障を念頭にもう30年ぐらい前から仕掛けていたものです。オーストラリアの悲願ともいえるQUADは長年の”同盟国”である米国、日本をコアに形成しているだけに、軍事力だけでなくコロナ禍、インフラストラクチャー、情報セキュリティーなど経済、社会の幅広い分野で協力することで合意しています。ですから、キャッチフレーズは「自由で開かれたインド太平洋」。30年前は閉鎖的なインド市場の開放を狙っていたのですが、今や中国の影響力拡大を排除する意味で「自由で開かれた」が採用されているようです。

APECもTPPもRCEPもアジアが基本

 来日した米国のバイデン 大統領が提唱するIPEFは予想したよりも内容が薄かった。米国などが提唱したTPP(環太平洋経済連携協定)は前任のトランプ大統領が離脱を決めてしまい、バイデン 大統領としては米国自ら失ったTPPで狙った戦略を再び埋める狙いがありました。IPEFの参加要件をTPPに比べてかなり緩めに設定しており、とにかく中国を除いて米国が主軸となる新経済圏構想を急いで構築しなければとの焦りが構想からにじみ出ています。参加するアジア各国も中国と領有権で衝突する国が多く、参加13カ国という数字を取り繕った印象です。米国が掲げた「この指とまれ」にとにかく集まったといえるでしょうか。

 アジア太平洋地域には自由貿易協定がいくつもあります。代表的なのはAPEC。その名もアジア太平洋経済協力です。台湾、香港を含む21の国と地域が参加しています。もう一つはRCEP。地域的な包括的経済連携協定を英訳したアルファベットの頭文字を取っていますが、日本のメディアでは「東アジアによる地域的な包括経済連携」と呼ばれています。2022年1月に発効し、現在は加盟は13カ国。中国はいずれにも加盟しています。いずれも自由貿易の加速を掲げており、中核となる地域は世界経済の成長を支えるエンジン、アジアです。

 日本の外交の軸は常にアジアと太平洋に向かっています。経済的な繋がりは米国、中国、東南アジアが上位を占めますし、安全保障面でもアジア太平洋が主軸です。憲法9条のもとで生きる日本はAPEC、TPP、RCEPなどの自由貿易圏が日本の安全保障に直結するわけですから、日本の外交戦略の根幹です。アジアと並ぶ太平洋地域はオーストラリア、ニュージーランドだけではありません。第二次世界大戦中の支配領域ともなった太平洋の島嶼国との関係も日本にとっては重要なパートナーです。現在、中国がソロモン諸島と安全保障について条約を結ぶなど南太平洋の島嶼国への接近が注目されていますが、日本は長年、リーダーシップを発揮しています。中国の島嶼国への攻勢はすでに30年以上も前から始まっており、その対抗策がむしろ後手に回っているのが現状です。

インドはむしろ英連邦に近い

 QUAD、IPEFが提唱するインド太平洋はこれまでとは違う外交の潮流です。かなめとなるインドは英国圏です。日本ではあまり馴染みがありませんが、イギリスの植民地支配を受けた国々が参加する「コモンウェルス・オブ・ネイションズ」と呼ばれる連合体が存在し、政治経済、スポーツなどで深い交流が続いています。もちろん、オーストラリアは重要なメンバーです。そして英国も中国の台頭を睨んで5、6年前から日本と防衛訓練を開始するなど日本との連携を深めています。フランスも英国と足並みを揃えて日本との距離感を縮めています。

 IPEFは単に米国、インドと手を結ぶことだけではなく英国やフランスなど欧州との連携を一段と深める扉を開いたと捉えなければいけません。かつて日英同盟があったと思うかもしれませんが、それならかつて日独伊の三国同盟がありました。その結末は説明する必要もないでしょう。

日本の軸足はあくまでもアジア太平洋の平和

 日本の軸足はアジア太平洋の平和です。視野をインド洋にまで広げ、欧州との連携を改めることに異論はありませんが、これまでの戦略にどのような新たな柱を加えるのか、ぜひ岸田首相はじめ日本政府はどのような外交戦略を練り上げているのか説明して欲しいです。国連の常任理事国入りを目指すなら、なおさらです。いまなお難民や移民などで高い障壁を設け、いわゆる欧米並みの水準には程遠い国際貢献と開放を問題視されている日本です。世界地図を広げてアジア太平洋からインド洋までと眺めているだけなら、明治期の日本と変わりません。

広島被爆50年の1995年、シドニーで反核パレード

 1995年、オーストラリアのシドニーで反核運動のパレードが開催されました。広島被爆から50年を迎えたのを機に、しかもフランスがムルロア環礁などでの核実験を再開したからです。参加者は1万人を超えました。日本と比較にならないほど人口が少ないオーストラリアで1万人を超えるパレードは稀でした。日本からも多くの参加者が集まりました。パレードの前面には「NO NUKE」の文字。世界で唯一の原爆被爆国の日本が果たすべき役割と外交は決まっています。

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