もしも、もし盛田昭夫経団連会長が実現していたら・・・
「財界」。昭和の頃、日本の政治経済を取材していると、かならず出会う言葉の一つでした。企業経営者とお話ししていると、「経団連「日経連」などが話題になることがたびたび。ところが、最近は財界の象徴である経団連の存在感が薄れ、話題にもなりません。現在の十倉雅和会長の力量というよりは、日本経済の衰退がそのまま反映しているのかもしれません。日本の経営者の実力低下が主因だったら、とても残念です。
平岩会長の胸の内は盛田氏が後任
時々、つまらない、そしてセンチな想いがよみがえります。「もしも盛田昭夫さんが経団連会長に就任していたら、日本経済はもっと早くに停滞から再建できたかもしれない」
1990年代初めのことです。当時の経団連会長は平岩外四・東京電力会長。現役記者として電力などエネルギー産業を担当していましたので、平岩会長はじめ那須翔社長ら東電の多くの人と親しくさせていただき、その縁で財界の舞台裏を知る機会を得ました。
平岩さんの腹は早くから固まっていました。自身の後任はソニーの盛田昭夫会長だ。経団連会長は原則、2期4年務めます。平岩会長は1990年に就任していますから、1994年の次期会長は盛田さんを選ぶつもりでした。
盛田昭夫さんは、ソニーを井深大氏と共に創業し、ソニーを世界企業に育てた日本が生んだスター経営者です。カラーテレビ「トリニトロン」、携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」など最先端の技術、新製品で世界を驚かす一方、巧みな英語で海外のメディアに登場し、ソニーファンをどんどん増やしました。1989年の米国映画会社のコロンビアの買収は米国を恐怖のどん底へ落とし、家電メーカーの殻を破る経営戦略に日本中が度肝を抜かれたものです。
重厚長大から脱し、世界で挑戦する日本を発する
その実力もさることながら、後任に選ぶ理由として盛田さんの実家と平岩さんが同郷だったこともあります。愛知県常滑市です。常滑を愛する平岩さんにとって、盛田さんが世界に放つオーラは逞しく、そして故郷の誇りでもあったようです。
盛田さんへの想いは微塵も明かしません。経済界随一の読者家で知られ、その見識の高さから「財界の良心」と呼ばれた平岩さんです。早くから次期会長の候補として名前が広がれば、「同郷の人間を選んだ」と批判されるのは承知。ただ、那須社長ら平岩会長の右腕として支えた身近な人たちは、気づいていました。
親しい取材先から「次期会長の候補は誰?」と訊ねられると、すかさず「ソニーの盛田さんだよ」と答えていました。でも、ガセネタを流していると誰1人信用しません。「3年後にはわかるよ」と続けますが、笑い飛ばされてしまったものです。
歴代の経団連会長は化学、重電、鉄鋼、電力といわゆる重厚長大産業から選ばれていました。ソニーはホンダと並ぶ戦後に誕生したスター企業ですが、明治からの富国強兵を支えてきた歴代の会長出身企業に比べれば、「軽い」企業です。
1990年代初めの日本経済はまだ絶頂期の余韻に酔っていました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と褒めそやされ、重厚長大産業が支えてきた日本の経済は世界一と慢心していました。「ソニー、ホンダは素晴らしいが、日本経済を背負う会社ではない」。財界の常識でした。
しかし、バブル経済の崩壊を待つまでもなく日本経済の基盤は崩れて始めていました。戦後の高度成長を支えた企業経営のままでは、21世紀を迎えられない。過去の成功体験を捨て去り、再び世界に挑戦する覚悟が求められていました。
挑戦する日本を世界に発する
平岩さんの目には、革新と挑戦を続ける盛田さんこそ日本経済の再生に必要と映っていたようです。「学歴無用論」を唱え、学歴など旧態依然の秩序を捨て去る実力主義を重視した盛田さんです。アップルの創業者、スティーブ・ジョブスが尊敬する企業として選んだソニーを育て上げた力量を日本経済の改革に注いで欲しい。経団連会長が自ら世界を回り、自らの言葉で「日本」を発信して欲しい。
平岩さんは電力会社のトップを務めていましたが、電力を含む重厚長大を否定する人物を選ぶ見識に敬服したものです。
次期経団連会長の内示を伝える寸前の1993年11月、盛田さんはテニスのプレー中で倒れます。後任選びは一からやり直しになりました。東電は候補者リストから日産自動車の久米豊会長を有力候補に選びましたが、経営が窮地にある日産では経団連会長の業務はできないと判断。当初は候補から外れていたトヨタ自動車の豊田章一郎会長を結局、選びます。
会長人事の発表前に東電から選んだ理由を聴いて、呆然としました。「帝王学を数多く学び、聴く耳を持っている。経団連会長にふさわしい器量だ」。平岩会長が後任会長に求めていたリーダーシップとは真逆の理由でした。
日本経済の処方箋はもっと早く実践できたかも
もしも、盛田さんが経団連会長に就任していたら・・・。歴史に「もし」は禁物だと承知ていますが、バブル経済崩壊後の日本経済を立て直す処方箋が早くから実践できたかもしれません。その後、トヨタの奥田碩会長が経団連会長に就任し、財界、日本経済の立て直しに腕を振るいましたが、後が続きません。今や、息切れすら感じます。
2024年3月、経団連は新任の副会長にソニーグループの吉田憲一郎会長ら4人を起用する人事を明らかにしました。ソニー出身の副会長は盛田昭夫、出井伸之両氏に続きます。吉田さんは盛田氏とも出井氏とも異なり、堅実な経営手腕を持ち、有言実行の経営者です。必要な改革には躊躇しません。期待しています。