
ロサンゼルスで地下鉄無料に驚く 日本の公共交通が無料になる日は訪れるか
「今日はメトロが無料だよ!」。自分の耳を疑いました。8年ぶりに訪れたロサンゼルスの公共交通機関メトロに乗ろうと思い、駅出入口に立っている路線図を確認していたら、背中越しに呼びかけられました。誰かが不慣れな観光客をからかっているのかと振り返ると、黒い制服に黄色のベストを着た職員3人がチッケト販売機の前に立っています。行き先を告げると、「こちら側のプラットフォームに向かえば良いよ」と教えてくれ、ついでに路線図や運賃などを解説するポケットガイドを手渡してくれました。

信じられずに何度も無料を確認
それでも「今日は無料だよ」をとても信じられないと思い、チケット販売機の前に向かったら「今日は無料だよ」と駅職員が再び繰り返します。
半信半疑のまま、プラットフォームに向かい、電車を待っていた学生さんに「今日は無料なの?」と訊ねました。学生さんはスマホ画面から目を離さずに「無料だよ」と答えます。「信じられない」と言ったら、表情を変えずに「今日は無料の日なんだよ」と繰り返します。
ロサンゼルスは過去、仕事や観光で何度も訪れた都市です。ニューヨークに次ぐ全米第2位の大都市、ロサンゼルスは広大な都市圏を形成しているので、車で行き来するのが便利ですが、市内を網羅する公共交通機関のメトロはよく利用していました。都心のダウンタウンや車内の治安が悪いという評判もあってメトロを避ける人が多いと聞きますが、日中は乗客が多く、車内はとてもきれい。
ロサンゼルスのダウンタウンから観光地のサンタモニカまでをメトロで往復してみてください。電車が走行する地域や駅によって車内の空気が変わります。とても面白いですよ。日本では全く見かけない光景が続きますから、ロサンゼルスならではの観光と割り切れば結構、楽しいものです。
危うい客もLA観光と割り切れば楽しい
今回は車内には若者に人気のラップがBGMとして流れていました。時折、「俺のために車内から出ていってくれ」と叫んでいる若者もいましたが、憂さ晴らしにつぶやいているだけ。一見、クスリで酩酊気味の男性も見かけますが、独りで落ち着きなく見回しながら停車駅で出て行きます。
空き缶ひとつでハラハラすることもあります。プラットホームで電車の到着を待っている間、転がっている空き缶が線路に落ちそうだったのでプラットフォーム上のベンチの下に足で押しやったら、ちょっとラリった若者がわざわざ空き缶を引っ張り出して、線路に蹴り出してしまいました。「あれっ、ヤバいやつ」とちょっと不安になりましたが、こっちをみてニヤニヤしています。「おまえはこっちに蹴ったけど、おれは線路に向かって蹴ったんだ」と言いたいようです。
そんなロサンゼルスのメトロで最も驚いたのが無料の日。日本で公共交通機関が無料なんて聞いたことがない。サクッと調べたら、2020年9月からロサンゼルス郡都市圏交通局が電車とバスの無料化を検討しているそうです。
無料化の狙いは想像できました。低所得者層の支援、CO2の排出削減などが理由として掲げられていましたが、当然誰もが想像できる通り、ホームレスの溜まり場となってしまい、車内の安全対策も必須です。

最大の難問は無料でも経営を支える財政負担をクリアできるかどうか。
ちなみにメトロの利用料金は7歳以上の片道運賃は1・75ドル。1ドル150円で換算すれば、262円。ロサンゼルスと同じ都市圏を形成する東京都が初乗り170円程度であることを比べれば高いですが、日米の物価格差を考えれば安い。しかも、高齢者や障がい者などの割引制度があり、1日5ドル払えば乗り放題となります。決して割高ではありません。
自動車による深刻な交通渋滞の解消、世界でも厳しい大気汚染対策としても、メトロの利用を増やしたいのでしょう。
もっとも、無料化の狙いは市民に刺さっているとは思えません。運賃が無料でもメトロの車内はガラガラ。自動車の利用をやめて今日はメトロにしようというお客は見かけません。生活習慣を考えれば、納得します。毎日、車で移動していれば、メトロに切り替えるのは面倒。
日本からもう20年以上も前に移住してロサンゼルスに住む女性が語っています。「メトロはこわいイメージもあって利用したことがない。どこに行くのも車」。確かにメトロの乗客で富裕層は見かけません。ニューヨークでヤンキースタジアムの優勝ゲームをみた帰りの電車で白人の家族連れを多く見たぐらいです。
日本は米国と違って公共交通機関が発達しており、日常生活の足として定着しています。仮に日本でも無料の日が誕生したとしたら、その時の日本はどんな社会になっているのでしょうか。

