リニア新幹線④ 人口減とメタバース、ESGが昭和の高速交通を置いてきぼりに

 JR東海のリニア中央新幹線は、カーボンニュートラルの実現を迫られている近未来を考えるうえで多くの素材を提示してくれています。

高速交通体系を見直すチャンス

 まずは高速交通網をこれ以上、拡充する必要があるのでしょうか。脱炭素の視点でリニアモーターをみると、航空機が同じ速度状態で排出するCO2の量に比べて3分の1に収まるそうです。電気抵抗ゼロを生み出す超電導状態で発生する強力な磁力を使って時速500キロ以上で走行するには相応の電力を消費しますが、航空機よりは環境に優しいというわけです。

 ここで改めて素晴らしいと痛感するのは東海道新幹線。排出するCO2の量は航空機の1割程度で、最新のN700系は12分の1にまで減少しています。省エネを徹底するJR技術陣の理念には頭が下がります。

 カーボンニュートラルは人類が築き上げてきた移動手段を根底から覆そうとしています。最も揺らいでいるのが航空機。スウエーデンの環境運動家、グレタ・トゥーンベリさんが航空機を使わずにヨットで大西洋を移動しているのは有名ですが、欧州では国の制度として距離に応じて航空機の利用地域を制限する規制案が浮上しているほどです。

脱炭素で航空機の役割も見直し

 航空各社は脱炭素を進めるためにガソリン以外の燃料を加えたSAF(代替航空燃料)を採用する努力が続けられています。SAFは植物や廃棄物などを含めるため、二酸化炭素の排出と吸収が相殺され、いわゆるカーボンニュートラルを実現します。とはいえ、さきほどのリニアモーターカー、新幹線の例をあげるまでもなく鉄道など比べれば排出量は膨大です。

 電気自動車メーカーのテスラの創業者であり人類火星移住計画をぶち上げるイーロン・マスクさんは「ハイパー・ループ」という高速移動手段の実用化に挑んでいます。チューブ内をポッドやカプセルなどと呼ばれる車両が空中浮遊し、人間などを輸送します。チューブ内は真空。摩擦抵抗や空気抵抗が抑えられ、時速1000キロを超えることができるそうです。リニアモーターの倍近い音速で移動できるうえ、CO2の排出も大幅に抑制できるとしています。実証試験が米国で始まっています。

 ハイパー・ループも面白そうですが、国土が狭い日本では九州や北海道で新幹線の延伸で十分です。リニアモーターカーは高速移動として優れていますが、工事の難しさや巨額投資などを考慮すれば東京ー名古屋ですらいつ完成するのかわかりません。高速移動、カーボンニュートラルを重視すれば、目の前の選択肢は新幹線がダントツに優れていますし、到着時間や信頼性、安全性など総合力で判断すれば新幹線で十分です。

新幹線、高速道は全国に張り巡らされてきました

 鉄道とは別に高速道路網も着々と広がっています。日本列島を点と点で結ぶ高速移動の交通体系は昭和の高度経済成長期に描かれた図面に従って、航空機、新幹線、高速道路を機軸に整備されてきました。そろそろ田中角栄さんが高らかに宣言した日本列島改造論から離別しましょう。

 日本は人口減が進んでいます。日本経済の活力を考えればなんとか人口増へ転じたいのですが、こればかりはすぐにベクトルが変わるわけにはいきません。リニアモーターが結ぶ東京ー名古屋もこれまでの増加一辺倒から人口移動の変化が現れ始めています。

 地方の疲弊は予想以上です。人口減のスピードが加速する北海道を見てください。札幌市の人口は増加する一方、他の地域の人口減は猛烈です。JR北海道のローカル線の撤廃などをチェックするだけで大都市以外の衰退ぶりがすぐにわかります。

 さらに情報技術の進歩が人間の移動手段、コミュニケーションを根本から変えようとしています。コロナ禍で体験したリモートワーク、東京や大阪を離れて地方へ移住するなどで、仕事の仕方、人との対面方法にも多くの変革の可能性があることがわかりました。

 なによりも、メタバースの近未来が着実に迫っています。先日開催されたメターバースのイベントに参加した人から「予想以上に早くメタバースが身近に入り込んでくるのを感じた」というメールをいただきました。米国のファイスブックが社名をメタに変更したことはご存知だと思います。フェイスブックはインターネットのコミュニケーション・ツールとして世界のインフラです。今やフェイスブックはユーザーが中高齢者中心になってしまい、若者はインスタグラムやTikTokを使用しています。

 新社名のメタはメタバースを基本技術に据え、再びコミュニケーションの主役の舞台に戻る戦略です。もう10年も過ぎれば、メタバースを駆使した若者がビジネスのリーダーとして活躍します。インターネットも光技術を活用した6Gに移行しているかもしれません。アバターが日本の政治経済を決める近未来が訪れるかもしれません。好き嫌いはともかく、わざわざ東京から名古屋へ向かう機会は激減するでしょう。

情報技術とESGがリニアを追い抜き、取り残す

 日本のリニアモーターカーが初めて営業運転したのは33年前の1989年。横浜博覧会の会期中という限定で運行されました。運転速度は時速40キロ程度。日本航空は住友電工などと成田空港など空港と都市を結ぶアクセスとしてリニア方式「HSST」です。研究レベルでは時速300キロを目標に掲げていましたが、現在は愛知高速交通の東部丘陵線で最高速度100キロで運行されています。

 技術革新を重ね、リニアモーターカーはようやく身近な交通機関として利用する日が到来します。しかし、それがいつまで続くのか。リニア中央新幹線が完成した頃、メタバースなど最先端の情報技術が日本中に行き渡っているのは間違いないです。その時に東京ー名古屋間を30分間で移動できるメリットはどういう尺度で測るのでしょうか。ESGの視点に立てば、もう時代遅れに映るかもしれません。残念ながら、リニアモーターカーは情報技術とESGに追い抜かれ、取り残されていましました。

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