
綻びを繕えないリニア新幹線 安倍・葛西の影に囚われ、誰も止められない
なんとも後味の悪い”事件”が続きます。工事を請け負う建設会社などが計画当初から指摘していた「不測の事態」もあります。言い換えれば、専門家から見れば予想通りの失態が続いているだけ。でも、総事業費9兆円の巨大プロジェクトです。ゼネコンが目の前の仕事を失うドジを踏むわけがありません。中止なんて誰も進言できません。JR東海のリニア中央新幹線の工事は、走り出したら誰も止められないのです。
井戸の水枯れは対策できず
JR東海は6月3日、岐阜県瑞浪市で発生している井戸などの水位低下や地盤沈下について、原状回復することは難しいと認めました。リニア中央新幹線「日吉トンネル」の掘削工事が水位低下や地盤沈下を招いたとみられ、工事で発生した岩盤の亀裂から漏れる湧水を塞ぐ対応策を検討しましたが、安全上の課題が見つかり継続は難しいと判断したそうです。悲しいことに代わる防水対策は見当たらないそうです。
新聞などによると、JR東海の担当者は「地域の方からすると簡単には受け入れられない部分があるかと思うが、引き続き説明をして理解をいただきたい」と語っています。担当者自身、こんな説明で住民が納得するわけがないとわかっているはずです。地元の住民が「ああ、そうですか」と受け止めるわけがありません。地域の水位低下は日常生活や農業などに大きな影響を与えるのですから。
事態は深刻です。トンネル掘削工事が進む岐阜県瑞浪市では、井戸やため池の14か所で水位の低下が確認されています。発覚した段階でJR東海の丹羽俊介社長は「掘削工事の影響による可能性が高い」と認め、工事は中断。ボーリング調査を実施して水位低下などの原因を調査していました。原状回復が無理となったら、この後はどうするのでしょうか?
「水を飲む時は、井戸を掘った人を忘れない」。中国で古くから伝わることわざで、1972年に日中で国交が正常化する時、周恩来首相が訪れた田中角栄首相に披露し、日本でも広く知られました。不幸にも井戸の水を枯らしてしまったら、どうなるのか。やっぱり誰も忘れないでしょう。JR東海は「井戸の水」を枯らしたことで歴史に名を残すことになります。
構想実現は先送り
リニア中央新幹線構想そのものの地盤が大きく揺らいでいるようです。工事を起因とする環境破壊は岐阜県だけではありません。静岡県の大井川水系でも、トンネル工事による湧水が他地域にに流出してしまい、河川量の減少など水資源に打撃を与えるのではないかと問題視されています。川勝・前知事は流域の水資源の維持が明確にならない以上、工事を認められない考えを示し、工事を認可していません。現在の鈴木知事も静岡県内の工事を実行できるかどうかを検討中です。
JR東海はすでに2037年をめどにした東京・品川—大阪間の全線開通を計画を見直し、27年の品川—名古屋の部分開業を先送りしています。リニア中央新幹線は東京ー名古屋ー大阪を1時間で結ぶ世界最先端の交通機関です。夢の高速交通機関とはいえ、沿線地域の自然、日常生活を大きく損なう結果となったら、大都市を優先して地方を捨てたという汚名は消えないでしょう。
リニアが立ち往生する根本的な原因は「大深度」にあります。時速500キロで疾走するリニア中央新幹線は、直線を基本にした路線を描くため、大都市や山脈はトンネルを利用して突き抜けます。始発の東京・品川駅は地下に建設され、この後も路線も大半は深い地下。山梨、静岡など東海地方では山梨県の富士川水系、静岡県の大井川水系、長野県の天竜川水系を貫く「南アルプストンネル」などが続き、日本の多くのトンネル工事を手掛けたゼネコン社長ですら「とても難しく、目処が見えない」と吐露するほど。
地下深くの難工事を可能にしたのが「大深度法」。道路、鉄道など大規模な事業を地権者の承諾や補償無しに効率的に行えるようにするため、2005年5月に施行されました。大深度の定義は「地表面から40メートル」または「建築物の支持地盤上面から10メートル」。地権を全く無視しているわけではありませんが、公共の事業を私有財産権より優先する考え方です。JR東海はリニア中央新幹線の工事計画に合わせて地質や地域の自然に与える影響を調べる環境アセスメントを実施していますが、実際の工事が始まれば予想外の事象が多発します。「井戸の水枯れ」は氷山の一角に過ぎません。
盟友がもたらした3兆円
JR東海は文字通り、社運を賭けています。なにしろ、リニア新幹線は首相の安倍晋三、JR東海のドン・葛西敬之の両氏の影に囚われているのです。
JR東海は総事業費9兆円を「自己資金で建設する」と表明していました。しかし、工事が遅れて資金不足の恐れが見えた時、助け舟を出したのが安倍晋三首相。創業時からJR東海のドンと呼ばれた葛西敬之氏は安倍首相と「盟友」の関係。安部首相は2016年6月の記者会見で3兆円融資する支援策を表明し、国家プロジェクトに格上げしました。
ところが、リニア新幹線構想は今、前進も後退もできないアイドリング状態。リニア新幹線は超電導磁石の力を利用して10センチほど空中に浮いて、疾走しますが、現状は空中に浮いたまま。JR東海は安倍・葛西の影に怯え、沿線地域の環境破壊に目をつぶって工事を強行するのでしょうか。