MAD MONEY 到来? 冷静に見極め、自身で考え納得して投資する極意を忘れずに
米国ケーブルテレビで経済に関するニュース・解説を放送するテレビ局、CNBCの投資情報番組「MAD MONEY(マッド・マネー)」をご存知ですか。2005年3月から始まった番組で、MCはジム・クレーマー氏が務め、個人投資家たちから高い人気を集めています。キャラはめちゃめちゃ個性的。機関銃のように次々と企業名や投資商品を挙げ、直近の市場状況を理解する個別情報をとどめなく提供します。その身振り手振りはまるでエンターテイナー。投資情報のラッパーと呼んでもいいかも。いつ呼吸しているのかと言うぐらい言葉を連発するため、視聴者の方が息が詰まりそう。初めて視聴した時、こんな投資情報番組があるのかと驚く半面、とても日本では制作できないだろうと思ったものです。
ジム・クレーマーがMCのテレビ番組
CNBCのスタッフもジム・クレーマー氏の迫力に少々辟易しているようでした。米国本社を訪れた際、案内してくれたスタッフが笑いを我慢しながら「ここがマッド・マネーを制作しているスタジオ」と紹介してくれました。クレーマー氏が収録する立ち位置には野球バッドなど様々な道具が並んでいます。「彼は時々、バットを振りながら、番組を進行するんですから」と呆れ顔で話し、肩をすくめていました。
なんといっても番組名に驚かされます。「マッド・マネー」。単純に和訳すると、「狂ったお金」。案内したスタッフが番組キャラクターとして渡してくれたのが赤い牛。角は黄色で、背には「MAD MONEY」の文字が描かれています。牛はもちろん、ブル(雄牛)。マーケット用語で、ブルは相場が上昇局面が続き、強気で投資するタイミングを意味しています。真っ赤になるほど熱い気持ちと勇気を持ち、投資の先行きを読む。黄色の角は、用心深さも忘れずにという警鐘を表しているのでしょうか。
日米の個人投資家の差
米国は日本と違い、個人投資家の歴史が長く裾野が広いため、結果責任の意識は徹底されています。MCのジム・クレーマー氏が次々と提示する投資情報を参考にしながら、どの情報が自身の投資案件に相応しいのかを選択するのでしょう。まるでラッパーのようと表現しましたが、ジム・クレーマー氏の解説も「行け行けどんどん」というより、ブルマーケットの勢いに惑わされずに「ここは見落とすな」といった指摘に終始している印象です。青信号と黄色信号を的確に発して個人投資家のすぐ隣でサポートする姿勢を貫いているようです。
だからなのでしょう、CNBCはジム・クレーマー氏を中心に据えた「Club CNBC Investing」と呼ぶより専門的な投資情報を提供する有料コンテンツを新設し、活躍の場を広げています。
日本も資産投資倍増へ?!
「マッド・マネー」を紹介したのは、日本でも再び個人投資が話題になってきたからです。岸田首相は「資産所得倍増プラン」を唱え、NISA(少額投資非課税制度)など投資の税制優遇措置を打ち出しました。日本銀行の硬直した大規模金融緩和政策も軌道修正され始め、株式市場、ドル円相場などの動きも激しくなり、なんとなく投資すれば儲かる雰囲気が醸し出されています。
並行して「儲かる話」で逮捕される不正事件も目立ってきました。ソフトバンクの元部長がホストらと共謀して12億円を騙し取った事件、漫才師が暗号資産などで億円単位で資金を集め、損失したエピソードなど。冷静に考えれば、そんなに儲かる話はないとわかるのに、ほとんどゼロの預貯金の金利にモヤモヤしていた人たちにとって、手が出てしまうのでしょう。
冒頭でマッド・マネーのような番組制作は無理と書いたのも、日米の個人投資家の違い、言い換えれば「投資環境の貧困さ」が念頭に浮かんだからです。NISAを例に見ても、テレビや新聞、ネットを介して派手に広告宣伝されていますが、制度のメリットだけ。どのように運用するかは二の次。新制度を利用する人の大半は、投資初心者。ほとんどは金融機関の担当者の説明を聞いて判断するはずです。
NTTなど携帯電話会社もネット証券会社と組んで個人投資家の囲い込みを急いでいます。といっても、スマホで投資を経験するのが初めてという人ばかりですから、こちらも素人同然です。「スマホで手軽に資産運用できます」が売り文句だけに、簡単な操作で投資先を決断することになります。
投資は自己責任が大原則です。大儲けした時は「自分の見通しが当たった」と自慢し、大損した時は「金融機関の担当者に騙された」というわけにはいきません。NISAは長期的な資産投資です。短期売買を繰り返して目先の利益を追うわけではありません。損得リスクの違いは理解していますが、投資に関する知識や経験が乏しい場合、金融機関の口車に乗せられて大火傷する可能性は否定できません。
もし日本版「マッド・マネー」を制作・放送しても、視聴率はとても期待できません。個人投資家が自身で選択する情報量の多さ、解説、先行きの深読みよりも、投資する目安となる情報を1つか2つに絞り込んで欲しいと求められるでしょう。そうすれば投資先の推奨となり、その推奨株が大損したら、番組は責任を取れとの声も出ます。そんなリスクをテレビ局は負えません。
未熟な個人投資家が増えている途中
今年夏、ブルンバーグは、ジム・クレーマー氏が投資推奨し、運用する上場投資信託(ETF)が開始わずか5ヶ月で閉鎖されたとのニュースを流しました。無責任とみるのか、状況に素早く対応して店仕舞いしたと見るのか。日本なら批判の声がかなり高まるかもしれません。
個人投資家の裾野が広がり始めたばかりの日本です。ジム・クレーマー氏が演じる「マッド・マネー」は、日本では文字通り「狂ったお金」でしかありません。投資と投機と賭けの線引きが覚束なく、リスクに対する判断と直感が乏しいのが実情です。彼が演じるエンターテインメントを楽しみながら、「マッド・マネー」を考える日はいつ到来するのでしょうか。