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賃金はなぜ上がらないのか ② 中途半端な実力主義と専門職制度、忘れられない終身雇用、

 賃金はなぜ上がらないのか。

 理由の第2番目。実力主義をうたった人事制度の改革にあります。1970年代の高度経済成長を成功させた主因の一つとして日本的経営が指摘されます。その骨格を支えたのが終身雇用を軸とした賃金・人事体系。入社後、年を重ねる期間に比例して出世の階段を上り、賃金は上昇していきました。

 福利厚生、退職金なども定年まで勤務した方が有利になるよう制度設計されます。優秀な人材や熟練した技術が社外へ流出するのを防ぐとともに、目標に向かって組織が一丸と向かう日本社会にぴたりとはまったのです。

 しかし、1980年代に入り、実力に見合った成果報酬型の給与体系に移行すべきとの意見が広がります。日本経済が高度成長期から安定成長期に移る一方、輸出一本槍だった海外事業が欧米アジアに人材を送り、それぞれの地域に現地法人を設置して業務を拡大する経営に変わり始めました。

 日本国内でしか通用しない人事・賃金制度のままでは、人件費が膨れ上がり収益を圧迫するうえ、新しい才能を持つ人材を採用し、報いるためには日本的経営の人事体系に手を加える必要が出てきました。人事考課も大幅に変革せざるをえません

電機産業が人事改革の先鋒に

 その先鋒を走ったのが電機産業です。海外企業と激しい技術開発を繰り広げ、輸出や現地生産を拡大していました。世界と競争し、活躍できる人材を確保しなければ会社の成長が足踏みしてしまいます。富士通やNECなどコンピューターなど、いわゆるIT企業が先行して実力主義型の人事・賃金制度に挑みました。「異能」という言葉が採用や人事考課でたびたび使われたことで雰囲気がわかると思います。日本的経営を否定するわけではありません。むしろ進化する段階を迎えていたとの認識です。

 「いまや日本はさまざまな活動、産業、技術の多数領域にわたって世界第一位となった。日本が傲慢になって行くさまがみられるだろうか」。AFPや仏紙「ル・モンド」で長らくアジア特派員を務めたロベール・ギランが執筆した「アジア特電」(平凡社、初版1988年6月)の「日本語版への序文」で当時の思いを書き連ねています。

 彼はこの本で1938年から1985年までのアジアの政治経済、ベトナム戦争など幅広い視野から述べています。日本のことばかりを論評しているわけではありませんので、引用部分が我田引水になってはいけないと思いながらも的中してしまいます。

 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛された時代です。「もう欧米に学ぶことはない」と述べる経営者が多かったのです。日本的経営の主軸を変更する考えはありません。欧米に学び日本的経営の枠組みを生かしながら、日本的経営の進化をめざす。「傲慢にまで至らなかった」と言いたいところでしたが、ロベール・ギランの懸念通りに残念ながら自信過剰から抜け出すことができず、実力主義の成果報酬型人事改革は接木のような中途半端な制度のまま普及してしまいます。

 日常業務が成果報酬型で人事考課されたとします。しかし、上司と部下の関係など社内の力関係、人間関係は変わりません。日本の多く企業の人間関係はぶどうの房のようなものです。社内の人脈は1人の人間に数多くの人間がぶら下がる構図です。実力主義とは名ばかりの人事考課が横行します。

 毎年春の定期採用は変わらず、過去から続く年次主義に基づく先輩・後輩の関係もかわりません。人事の流れは動脈硬化のようにあちこちで咳止められ、柔軟性を失います。

退職金は日本だけの制度、終身雇用の象徴

 退職金制度が最もわかりやすい例です。退職時に一時金を支払う日本独自の制度です。退職金は同じ会社に長く勤めるほど増える制度設計となっていますから、社員が安易に退社する気持ちを抑えます。忠誠心を高め、定年まで勤めあげることで社内の優秀な人材の確保につながりますが、辞めなければ一時金はもらえるわけです。

 忠誠心を養う本来の目的が会社に対してではなく、特定の上司に向かう例は身の回りを見渡せばすぐに頷けるはずです。最近は転職に対する抵抗がなくなったので、世間の様子はだいぶ変わりましたが、それでも7割近い会社が退職金制度を運用しているようです。

転職希望の若い世代で正社員の希望が広がる

 しかも、転職に抵抗感がないと思われていた若い世代では正社員を望む層が増えています。派遣など非正規社員の待遇の悪さが知れ渡り、自身が希望する業種や職業ではなく正社員として採用する企業を優先する動きが広がっています。会社がたとえ実力主義の人事制度をうたったとしても、当の社員が成果報酬を期待して挑戦することよりも長く勤め上げる安定を重視してしまったら、会社全体の賃上げ気運が盛り上がるわけがありません。

 最近、人事制度に専門職を重視する動きが広がっています。ジョブ制度と呼ばれているものです。特定の業務を担当する人材を配置し、本人の仕事の内容と職務責任が細かく定められ、報酬が決定されます。こちらも優れた能力、技術を持つ人材を採用するのが狙いで、社内の空気など組織に縛られないで、思う存分活躍しもらう趣旨です。

 結局は賃金水準を押し上げる要因になりそうもありません。ジョブ制度の下では上司と部下は仕事の成果と評価について激しくやり取りします。報酬に納得しなければ退社、転職する海外企業をみていますが、日本の多くの企業ではジョブ制度に求められる人事考課を経験した上司は少なく、本人が納得できる報酬を決定して提示できるのでしょうか。社内を見渡して給与水準が決定され、本人に納得してもらう傾向になりそうです。

労使双方にとって終身雇用が最も居心地の良い

 日本的経営が転機を迎えて、すでに30年以上も過ぎています。残念ながら、経営者はじめ社内の意識は変わりません。連合など労働組合をみてください。

 連合のホームページをみてください。4%賃上げと言いながら、2022年の春闘の闘争方針や会議などの報告が列挙されているだけでです。直近の話題も参院選挙に向けた支持政党をどうするかです。組合員の賃金を引き上げようという意気込みを見つけることができません。

 経営者も組合も、労使双方にとって給与の確保が第一の目標になってしまっています。そこに見えるのはかつての終身雇用制度への郷愁にも似た風景です。安定した給与を期待できる終身雇用制度を、居心地の良さから忘れることができないのです。賃金が上昇するわけがありません。

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