松江の夜、街角ピアノが奏でる「月の光」は地方の未来を照らす輝きに 

 午後8時ごろ、島根県松江市の繁華街をホロ酔い気分で歩いていると、ピアノの音が響いてきました。松江の夜は静か。以前訪れた時は、午後10時過ぎたら誰も歩いておらず、タクシーも見かけません。「まるで戒厳令を敷かれているよう」と愚痴りながら、ホテルまで歩いて帰ったのを覚えています。

静かな居酒屋通りにピアノの響き

 その夜も居酒屋が立ち並ぶ通りでしたが、歩いている人はまばら。「松江らしいなあ」とうそぶいていたら、ピアノの響きです。曲はジェズのようでクラシックのよう。周囲を見渡したら、シャッターが閉まった商店のすぐ横にピアノ。若い男性2人がおり、1人がピアノを弾いています。NHKの「街角ピアノ」を思い出しました。街灯がそばにないので、テレビ番組の雰囲気とはちょっと違います。

 近づいたら、「何かリクエストありますか?ジャズでもクラッシックでも」とたずねるので、一瞬ビル・エバンズが浮かびましたが、定番でつまならないと思い直して大好きなジャズピアニスト、レッド・ガーランドが弾く「On a Clear Dayはできる?」と無茶振りしたら、彼はすぐに「その曲は知らない」と笑い返し、「最近、練習しているクラシックで何かある?」と続けます。「じゃあ、ジャズっぽいドッピシーでどう・・。雰囲気だけで良いよ、月の光が良いなあ」。「ドッピシーなら弾ける、やってみる」とピアノに向かって座り直しました。

「ドビッシーなら弾ける」

 顔立ちがよく見えない暗いなか、「月の光」が始まりました。私は私で富田勲のシンセサイザーによる「月の光」も頭の中で始まります。ピアノは元気いっぱい。鍵盤を叩きつける音、ペダルを力強く踏み、跳ね返って鳴る鈍い音、ピアノの高音とが混じり合い、静かだった通りは明るくなってきました。誰もいないはずだった通りから人が集まり、「がんばれ」との掛け声も。

 「月の光」は途中、ちょっと違う曲になった瞬間もありましたが、すっかりと演奏者の曲になっています。思わず「自信を持って、そのまま突っ張れ」と叫んでしまいました。

闇夜で表情は見えないけど、ピアニストの熱さが

 街角のピアニストはとても楽しそう。闇夜で顔の表情が見えないのですが、もっとうまく弾けるようになりたい、もっと自分自身を表現して周囲に自分の個性をわかってほしい、といった熱さが伝わってきます。

 本当に変わる、そう実感しました。昭和の頃、日本海側は裏日本と呼ばれ、瀬戸内海側の広島・岡山は山陽、島根・鳥取は山陰。松江市は新人記者のころに赴任した石川県金沢市と同様、茶湯などが盛んな文化と豊かな富が集まり、とにかく物静か。それが美学であり、賢明である証のようでした。北海道や青森県で育った私は茶の湯も謡もできない野蛮人。実際、金沢の経済人にこう呼ばれました。(注;何もしこりは残っていません。本当にそうだと納得していましたから)

 出しゃばってはいけない、出る杭は打つ。素晴らしいものを持っているにもかかわらず、陰に潜んでしまったかのような金沢や松江がとてももったいないと思っていたものです。

山陰を輝かせる若者と才能

 久しぶりに訪れた山陰は鬼太郎はじめ多くの観光キャンペーンを展開して、どこよりも魅力たっぷりの山陰として輝こうとしています。奥出雲を世界に売り出そうと懸命に努力する友人もいます。以前の松江は、高層ビルといえば山陰合同銀行の本店ビルだけ。まるでガンダムが一人立ち竦んでいるかのようで、勇ましさよりも寂しさを感じたものです。今は駅や松江城などの周辺に大きなビル群が立ち並び、ガンダムの姿も目立ちません。

 でも、街の力は人間です。「若者、馬鹿者、よそ者」が地方のイノベーションを担うとよく言われます。松江はかならず新しい活力を加えながら輝きを増して世界へ飛び立つ。街角のピアニストは教えてくれました。

 「月の光」に続いて弾いたショパンの「ポロネーズ」は、スパゲッテイの「ポロネーゼ」になっていたけど、自信を持ち続ければ、行ける!

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