
米高は続く 後始末は農家が犠牲、農相と農水省は無策のお米券だけ
米価格が下がりません。農水省が発表した2026年1月9日に発表した5キロの平均価格は前週に比べて93円高い4416円。全国のスーパー1000店で年末年始の1週間を調査しました。2025年11月11日は4488円ですから、値下がり感は全くありません。高市政権が発足してから3ヶ月余りが過ぎましたが、高騰する米価格への対策は鈴木農相が提唱するお米券ぐらい。農相、農水相の無策が際立ちます。
お米券は時間の浪費
期待していたわけではありません。鈴木農相は就任直後、「米の需給調整するが、価格にコミットしない」と経済原理に反する理解できない考えを述べ続けていましたから、お米券の有用性もよくわかりませんでした。
なにしろ、不評が止まりません。「事務手数料が高い」「JAなど農水省に関係が深い組織が潤うだけ」「手数料を消費者が負担するので、額面通りに受け取れない」「商品券と違い、使い勝手が悪い」と続きます。
配布を任された地方自治体も動きません。2025年12月末段階で配布を決めたのは東京・墨田区、福井市、那覇市の3自治体だけ。調査中は108自治体。全国には1700を超える自治体がありますから、ほとんどガン無視。「迷走する農政の象徴」と言われているも弁解できないでしょうが、米価格の高騰が家計にのしかかる負担は深刻ですから、とても笑えません。
「令和の米騒動」と呼ばれるほどの米価格の高騰はもう2年近い歳月がすぎています。2024年から顕著になり、2025年は話題にならない日が無いほど。理由は異常気象による収穫減、生産コスト増、訪日観光客の急増などで米の需給バランスが乱れたと説明されますが、どれもずっと以前からわかっていたこと。稲などの農作物は天候に左右されるのが宿命ですし、人件費や設備投資、燃料費などの上昇は突然、始まったことではありません。
なによりも稲作農家がかつての減反政策の負の遺産に苦しみ続けており、稲作はじめ農業経営の健全化に努力するのが農相、農水省の最優先政策であることは自明の理。
ところが、政府の対策は見苦しいの一言に尽きます。石破政権の小泉農相は備蓄米を大量放出して既存の流通を混乱させただけ。その後を引き継いだ高市政権の鈴木農相は小泉農相を全面否定したものの、結局は効果に疑問を抱く論議を招いたお米券で無駄な時間を浪費しただけ。農業政策が無策というよりも、無能という文字が浮かんでしまいます。
罵倒したとしても、目の前の5キロ4400円台の米が安くなるわけではありません。
需給調整は機能しているのか
今後、どう予測すれば良いのでしょうか。向こう3ヶ月の価格を見通す指数は4ヶ月連続で下がっています。米の供給量は前の年よりも大幅に増えているうえ、高値による買い控えよって在庫水準が上昇しており、倉庫から溢れ出ているそうです。専門家の多くは下落すると呼んでいます。
果たして、そうでしょうか。全国の農業協同組合は2025年秋、米高騰に合わせ、稲作農家からの買い取り価格を相次いで大幅に引き上げています。例えば、JA全農にいがたは2025年産コシヒカリに対し買い取り価格の目標を60キログラムあたり2万6000円以上に設定しました。2024年産に比べ5割も高い水準です。
これだけ上昇すれば、在庫増が止まらないからを理由に価格を大幅に下げて投げ売りできるわけがありません。大手の米卸は決算期の損切りを覚悟して高値で仕入れた米を安値で販売するとの見方もありますが、今後も供給が需要を上回り続ければ、一時的な損切りは焼石に水。仕入れ価格を下回る水準で売り続ける窮地に追い込まれます。
かつて取材したこともある宮城大学の大泉名誉教授はメディアに対し「今の供給が過剰な状況が変わらないかぎり、3月に向けてじわじわと価格が下がってきて、それを過ぎると急速に下がってくると予想している」と話していました。
2025年産の在庫が山積みになれば、稲作農家は高値の米価格を念頭に26年産の作付け面積をどう設定するかに悩みます。増産しても売れなければ、赤字を増やすだけです。一転、減産に向かうかもしれません。
親戚の稲作農家は「利益を考えたら、他の仕事をやった方が良い」というぐらいですから、稲作の将来に不安を抱いたら、次代を担う後継者も現れません。農業の基盤が足元から崩れる恐怖を覚えます。
貧乏くじは農家?
高値によって稲作農家、米卸などが貧乏くじを引く羽目になるなんて、とても奇妙です。
鈴木農相が繰り返し唱える「米の需給調整するが、価格にコミットしない」を思い出してください。需給調整に責任を有するなら、需給バランスが崩れた現状をなんとかするのが農水省の仕事。百歩譲って価格は「神の手に任せる」としても、米の需給に責任を負う農水省に代わって農家らが損失を被るのはおかしなことです。
犠牲は農家、買取したJA、仕入れた米卸となるのでしょうか。まるで江戸時代の士農工商、農家は小作人ですか。

