自動車はいつまで基幹産業なのだろう?もう「産業」は溶け始めているのに
岸田首相が11月2日、トヨタ自動車の豊田章男社長らと自動車産業の将来について意見交換しました。地球温暖化を巡るCO2削減に向けて電気自動車(EV)をどう普及させていくのか、加速する自動運転、これに伴う自動車関連の税制改革などが議論されたそうです。豊田社長は「自動車産業を軸に日本の競争力強化に向けて動き出そうという議論がスタートした」と強調します。
自動車産業を軸に日本の競争力強化
意見交換の場は経団連に設置されたモビリティに関する委員会。経団連の十倉雅和会長、デンソーの有馬浩二社長、西村経産相らも参加し、脱炭素の道筋の中で大きな変革を求められる自動車産業への支援を求めたそうです。エンジンを搭載しないEVが普及すれば、エンジン関連の部品が不要に。多くの自動車部品メーカーが事業の再構築を迫られ、雇用問題が発生する可能性もあります。
読売新聞によると、豊田社長は「脱炭素はみんな賛成。ただ順番を間違えないでほしい」と話し、「今は様々な選択肢を技術革新させなければいけない」と説明しながら、ハイブリッド車や燃料電池車などEV以外の電動車の必要性を訴えたそうです。会合終了後、西村経済産業相も「ハイブリッド、水素自動車など幅広い選択肢を持ちながらカーボンニュートラルを目指す」と応じていますから、EV、ハイブリッド車、燃料電池車が並んで普及し、自動車産業への打撃を極力抑える政策がこれから登場するのでしょう。
もっとも、岸田首相のコメントをみると、微妙に自動車業界の思惑とずれている印象です。「自動車を核として様々な社会問題を解決し、経済成長につなげ、持続可能な社会を作る」と述べ、賃上げへの協力も求めました。首相の選挙区は広島県。地域経済を支えるマツダがあるとはいえ、自動車だけが視野にあるわけがありません。
岸田首相は賃上げ実現に気持ちが
目の前の日本経済はふらふら。急激なドル高円安の経済状況に対応するためには、主因である日米金利差の拡大を解消するしかない。それには日銀のゼロ金利政策、大規模緩和を終了し、金利引き上げの環境を整える。トヨタに協力を求めた賃上げは日銀の黒田総裁が利上げする状況として繰り返し唱える条件の一つです。賃上げの主導権を握る自動車産業を取り込むためにも、トヨタの意向をある程度汲む姿勢をみせるしかありません。
目先の経済政策としては十分に理解できます。もっとも「新しい資本主義」を視野に入れて自動車産業の近い将来を考えた場合、果たして正しいベクトルに向かっているのか。EVを自動車産業の一部ととらえれば、なるほどと納得するかもしれませんが、EVは自動車産業の延長線にあるものではありません。
EVは電池、人工知能、情報通信のかたまり
電池、人工知能や半導体に代表されるエレクトロニクス、自動運転を支えるカーナビ、インターネットなど情報通信。多くの最先端技術の集合体です。しかも、駆動力、走行性能のカギを握るのは、モーターなどを機軸に多くの機械部品と電子部品で構成するモデュール化する技術とアイデア。
言い換えれば、EVを創り上げるために必要な設計、部品はゼロから考えて開発、部品を組み立てるインテーグレーションをモノにできるか、できないか。世界の自動車市場で生き残る必須条件です。自動車、電機、機械といった産業の定義は不要。自動車産業のピラミッドはもう崩壊寸前なのです。
産業はひとつに溶け始めている
正確には打破されるというよりは、すべての産業が溶解してしまい、まだ定義できずに開発・技術・生産が星雲状態にあるのです。日本の産業政策が自動車という枠組みばかり注目していたら、過去の成功を懐かしむだけ。世界から取り残されます。