「日本列島改造論」が日本の衰退を映し出す 田中角栄を乗り越えられないのか
父親が購入した「日本列島改造論」(日刊工業新聞社)が手元にあります。著者は皆さんご存知の田中角栄さんと書きましたが、「列島改造論」自体を知らない人が増えているかもしれませんね。初版発行は昭和47年6月20日で、田中さんは出版の翌月に首相に就任し、今太閤と呼ばれマスコミは熱狂しました。
父親が買った「日本列島改造論」
ちなみに田中角栄さんはテレビ局の免許と新聞社の系列化を進め、郵政省、現総務省を通じてマスコミに睨みを利かす原型を作ったそうです。それをフル活用しているのが菅現首相です。
目の前にある本は2版で10日後の6月30日発行です。さすがヒットしただけあります。学生の頃に父親の本棚で見つけて手に取ったことがありますが、イケイケドンドン的な高度成長路線型の政策を集めただけとの印象があったのでページをパラパラとめくって眺めただけでした。
中身は今でも通用しそう
50年近い前の本ですが改めて表紙側の帯にあるキャッチフレーズを読んでびっくり。「太陽と緑と人間と・・・ 公害と過密を完全に解消し国民が安心して暮らせる住みよい 豊かな日本をどうしてつくるのか」。「公害」を「環境・カーボンゼロ」 に、「過密」を「コロナ対策の三密」に差し替えれば2021年秋に予定されている衆院選で問われて欲しいテーマそのものです。裏表紙側には「私が日本列島改造論に取り組む実現しようと願っているのは、失われ、破壊され、衰退しつつある日本の“郷里”を全国的に再建し、私たちの社会に落ち着きとうるおいを取り戻すためである。・・・」とあります。
最近も「そういえば石破地方創生相っていたなあ〜」と思い出しましたが、衰退が止まらぬ地方出身の身としては地方活性化策も頑張ってくれ!の一言です。
執筆陣には小長啓一(元通産次官)さんや新聞記者らが加わっていると言われています。新聞記者の現役時代に小長さんをエネルギー政策でよく取材しました。日刊工の記者の皆さんとはとても親しくしていた。原稿を書いた舞台裏がなんとなくわかる気がします。当然ですが、現在の読後感は学生時代とは全く違い、再読して良かったです。なによりも父親がどこを読もうとしていたかを発見したがうれしかった。
父親は水産業や港湾開発に関わっていましたので、関心のある行には忘れないよう赤ペンを入れていました。八戸や苫小牧、むつ小川原などの北日本の主要港の開発が投資拡大されるかどうかしっかりチェックしています。生前、こんな話はしなかったなとふと気づき、久しぶりにオヤジを感じました。
過去の取材は列島改造論をなぞっていただけかも
しかし、読み進むと胸の内がザワザワし始めます。新聞記者として地方支局時代に取材したことはまさに日本列島改造論を検証しているかのようなものがほとんど。能登半島や北陸一帯で相次ぐ原子力発電や火力発電の電源開発計画、有力企業の立地を促す中核工業団地の誘致策、当時の長野県知事が「新幹線はいらない」と話し、実現を信じていなかった人が多い北陸新幹線計画や高速道路の延伸・・・。
「北陸新幹線を本気で考えていたのは森喜朗だけじゃないか」との声が至るところで聞かれ、絵空事を取材して記事化して虚しい気持ちになったのを覚えています。まるで列島改造論の余韻を確かめるかのような取材を重ね、地域経済面や全国版で記事を書いていました。
救われた気持ちを覚えたのは「列島改造論」が巻き起こした地域の建前と本音、光と影を自分の目と肌で追いかけた経験をもとに40年後の日本を見詰められることでした。北陸のみならず福島などの原発や火力発電の建設に伴う地域の推進と反対、日本全国の都道府県が大手企業を奪い合う過当競争、とにかく突き進む大橋などのインフラ建設。自分自身の取材範囲だけでも走馬灯のように列島改造論の、というか高度成長期の勢いが惰性のままに政策展開されたことを検証できます。
その延長線に中央リニア
現在のプロジェクトで例えれば何が思い浮かぶでしょうか。JR東海が推進する中央リニア構想はどうでしょうか。本書では日本経済が成長した背景には二つの原則があるとして一つは一次産業の低下と二次、三次産業の比率増加と都市化をあげ、もう一つを「人間の一日の行動半径の拡大に比例して国民総生産と国民所得は増大する」と移動時間の短縮化を指摘しています。
1980年台後半に運輸省、JR、金丸信さん、三塚博さんらを取材してリニア構想を連載した経験がありますので、一般の方よりは過去の経緯を知っているつもりです。地上には新幹線、高速道路、空には航空機のネットワークが出来上がり、時空にはインターネットが蜘蛛の巣以上に細密に張り巡らされています。コロナ禍でテレワークを体験した人が急増しています。別稿でリニア構想については書こうと考えていますが、以上を考慮しただけでもリニアは必要がないと思うのではないでしょうか。まさに列島改造論の負の遺産そのものです。
国も企業も「列島改造」の余韻から抜けだせず
しかし、国も民間企業も意思決定に「列島改造論」の残滓を感じます。「自由民主党が国民多数の支持をえて政治を安定させてきた」。角栄さんは戦後の日本が年率10%を超える奇跡の成長を続けられたのは6つの要因があると指摘し、自民党政権を第6番目の理由に明示していますが、半世紀近い前の考え方が今も日本の国策の骨幹にあるのは間違い無いでしょう。
菅政権が最大の目玉としてぶち上げているカーボン・ニュートラル。本書では「公害や大気汚染などの答えとして原発」を示していますが、現在も基本的な考えは半世紀近い前の議論と同列です。本書を読み終わると、私たちの「日本列島改造論」を本気で書き上げないければいけないと痛感します。