産総研の守秘漏洩、戸締り忘れた日本の科学政策の貧困を痛感 

 産総研の研究データの漏洩事件には呆れました。

 産総研とは国立研究開発法人「産業技術総合研究所」。6月15日に不正競争防止法で逮捕された中国籍の研究員、権恒道容疑者はフッ素化合物の合成技術情報に関する研究データを中国企業にメール送信したそうです。当該企業の日本代理店の代表は容疑者の妻が務めています。

容疑者は中国で大学教授、会社設立も

 新聞などメディアによると、権容疑者はフッ素化合物の研究者で、2002年から産総研の研究者に就く一方で、2006年12月には北京理工大学教授に就任。2012年には中国にフッ素化学メーカーを設立しているそうです。北京理工大学は人民解放軍と関係が深いとされる「国防7校」のひとつ。2018年1月の全国科学技術大会ではオゾン層を保護し、地球温暖化を防ぐフッ素化合物の研究実績が評価され、「国家科学技術発明2等賞」を授与されています。権容疑者は「営業秘密にはあたらない」と容疑を否認しているそうです。

 この事件は明らかになったばかり。新事実がこれからも伝えられると思いますが、呆れるのは産総研の脇の甘さ。長年ともに研究する同僚とはいえ、重要なデータを中国企業へ流出させる事態を予想できなかったのか。研究者の常識・ルールは知りませんが、国立の研究機関の研究者が中国の大学教授を務め、中国で企業を設立することは、素人目でみても利益相反の典型例です。国立機関のみならず大学、企業でみても、組織的に研究して蓄積したデータは組織として守秘するのは当然です。

世界の英知はどんどん来日して

 中国など外国籍の研究員がおかしいと言っているのではありません。世界の英知を集め、目の前の難問を打破する研究開発は必須ですし、むしろどんどん加速するべきです。ただ、研究成果をどう守秘するのかは、これまた当然とても重要な事案です。

 産総研が逮捕されるまでどのような監視体制を敷いていたのか不明です。ただ、2006年に北京理工大教授に就任、あるいは2012年に企業を設立した時点で、産総研の研究者として適しているかを議論したのでしょうか。大学教授に就任し、企業を設立する。今流行りの大学発のスタートアップを体現しています。しかし、国を挙げて世界から最先端情報を収集し、内製化する中国です。産総研レベルの研究機関なら米中はじめ世界がインターネットのハッキングなどで最先端技術情報を競って収集していることは熟知しているのは当然です。いわば情報戦の真っ只中にいるのですから。

 例えば中国の通信機メーカーのファーウエイ。米国などが使用禁止している理由は、機器やサービスから情報が中国へ流出している恐れがあるからですが、短期間で世界企業に急成長できたのは、ハッキングなどで最先端の通信機器情報を米国から取り込み、事業化し、欧米のライバルを圧倒的したという見方が多いのです。

守秘の甘さは以前からわかったのでは?

 日本政府はすでに経済安全保障に関わる情報保全を強化するため、機密情報を扱う人物の身辺を調べる「セキュリティークリアランス」(適正評価)制度の導入を検討しています。しかし、制度が必要か以前の認識ではないでしょうか。

 産総研はホームページで、日本に3組織しかない特定国立研究開発法人の一つであり、その歴史、研究員や研究体制の充実ぶりを誇っています。世界的水準の研究成果も多く、喉から手が出るほど取得したデータもあるはずです。研究成果の守秘の重要さは説明するまでもないでしょう。

 産総研の事件で思わず浮かんだのは、日本学術会議。会員選考方法をめぐり国と学術会議が対峙し、政府は選考方法の見直しを含む改正法案の成立をめざしています。政府や自民党内には学術会議が「戦争を目的とする科学の研究は絶対行わない」とする声明に反発し、学術会議の改革の必要性を唱えている向きもあります。

 しかし、産総研の漏洩事件は、研究成果そのものを守秘できない科学政策の欠陥を世間に知らしめました。学術会議の在り方の議論よりも、もっと重要なことがあると。まずは日本の研究成果を確実に守秘できる体制を徹底するのが最優先であることを教えてくれます。

◆ 写真は産総研のホームページから引用しました。

関連記事一覧