札幌・ひょうたん横丁、金富士・・・セピアカラーの空気感が恋しい

 街が栄え、時代と共に変わっていく。当たり前のことです。でも、目に焼きついた風景が次第にセピアカラーの写真のように色が褪せ、その場所、思い出が消え去ってしまうのか。こんな不安は何度経験しても悲しいものです。まして大好きな北海道は今や、海外マネーが殺到し、道内の至る所で再開発が進んでいます。全国で最も人口減が進んでいる北海道です。明るい未来への手がかりが増えることは大歓迎。でも、両手で大事に守っていた宝物をどこかに置き忘れてしまったら、やっぱり寂しい。

昭和の店や横丁が消え、再開発が始まる

 「ひょうたん横丁」が消えました。札幌市中央区南3条西10丁目1000番地。ススキノと並ぶ有名商店街の狸小路の西外れにありますが、観光客が立ち寄る雰囲気はありません。居酒屋やスナック7店ほどが並ぶ小さな街区です。お店の看板が灯っていない日中に見れば誰も使っていない家屋が何軒か残っていると勘違いするかもしれません。夜の闇に包まれ、店の看板が灯ってようやく横丁の存在に気づく程度です。

 この横丁を知ったのは偶然でした。真冬の夜、カリカリに凍った凸凹の道を歩いて狸小路西にある焼き鳥屋「金富士酒場」に向かったのですが、なぜか臨時休業。すでに前傾45度の姿勢で酒を飲む気持ちに仕上がっていますから、どこかへ立ち寄らないと帰れません。

 ぶらぶら歩くと、何軒かの居酒屋・スナックの看板が立ち並んでいます。周囲に街灯が少ないので、看板の照明だけが目立ちます。せっかくなので、とにかく入ってみよう。足が勝手に向いたお店の扉を開きました。カウンターとテーブル席があり、カウンターの向こう側にママが立っています。スナックというよりは居酒屋の雰囲気ですが、店主は女将というよりはママ。

表情や会話がぎこちないママが笑って待っている

 店内には誰もおらず、ママは私の目を見て「いらっしゃいませ」と笑っているようですが、声が聞こえません。「初めて訪れました。一人ですけど、良いですか」と確認したら、「うん、うん」と頷きます。初見のお店とあって、とりあえずビールを注文。ママはビール瓶を片手で持って来たのですが、どうもぎこちない。片腕が硬直して、話そうとすると顔の表情が歪みます。声は聞こえますが、正確に意味は理解できません。

 ようやく気づきました。何かの病気で身体が思うように動かせないようでした。ママ本人に辛そうな空気は全くないので、私はいつも通りに酒を飲み、食べたい肴を注文します。ママは体の不自由さを気にせずにビールやお酒も振り撒い、料理を揃えてくれます。ずっとニコニコ。ママのぎこちない所作や「う〜」など意味不明な言葉は全く気になりません。

 酔った勢いで長話しても適当に相槌を打ってくれるので、なんの違和感はありません。楽しく酩酊できました。「また訪れても良いですか?」と訊ねたら「うん、うん」と頷きます。

「馬鹿にしてるんだろ」常連客に罵倒される

 以来、通い始めたのですが、常連客には気に食わなかったようです。会社の若い人たちと5、6人でお店を訪ねた時です。みんなでワイワイ飲んで話していたら、常連さんらしき男性が血相を変えて目の前に立ちました。

 「おまえ、ママを馬鹿にしているんだろう」。「えっ」と思いましたが、カウンターの向こう側に立っているママがいつものように笑いながら「あんたが馬鹿にしているなんて全く思っちゃいない」と目で語っていました。その目を見たので「何を怒っているのかよくわかりません」と言って、おしまいに。

 心の底では「身体の動きや言葉に支障があるママを馬鹿にしているのは、あなたでしょ」と思っていましたが、そんな生々しい感情のやり取りを経験できるのも「ひょうたん横丁」の空気でした。常連客に罵倒されながらも、懲りずに横丁の他の店にも顔を出し続けました。

 「ひょうたん横丁」は2024年3月31日に70年間の営業を終えました。土地の所有権は長谷工コーポレーションに移っており、建物は解体され、更地に。長谷工が手がけるなら、マンションなどに再開発されるのでしょう。

今、大人気の狸小路も14年前は昭和が残っていた

不思議な焼き鳥を味わえる老舗の金富士酒場も

 そういえば、ひょうたん横丁のすぐそばの「金富士酒場」も閉店してしまいました。2020年11月15日です。焼き鳥屋さんですが、お店の焼き鳥は「焼き鳥」の定義に反するような肉感と味わいがあり、時々恋しくなって通いました。めちゃくちゃ安い。4本で250円ですから。いつも満員。昭和育ちの酔っ払いが心休まる老舗で、常連さんは忙しく店内を回る店主を肴に酔っ払っていました。創業53年を迎え「健康上の理由」で閉店ですから、仕方がないのでしょう。私のような旅の人がとやかく言う権利はありません。

 金富士酒場、ひょうたん横丁・・・。昭和育ちの酔っ払いが通うお店がどんどん消えていきます。頭に浮かぶ店内の風景は長年の喫煙、酒、料理、人の息であちこちが焼けたような赤茶けた色合いに染まり、空気も蛍光灯の輝きも味のある虹色です。軽く飲むつもりが、知らぬ間に泥酔。朝起きたら、2度と酒は飲まないと決意しても、月夜になると体が自然に自宅とは違う方向へ動き出します。店内に漂うセピアカラーの空気を吸い、ママ(あるいは女将)の笑い顔を見ると「もう一杯飲もうかな」と口が滑ります。

あれっ「俺、どこへ行けば良いのだろう?」

◆写真は北海道のメディアサイト「リアルエコノミー」のHPから引用しました。

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