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トヨタイムズの香川編集長がTBSのキャスターに、崩れるニュースとCMの壁

トヨタイムズ 編集長である俳優の香川照之さんがTBSの朝の情報番組でキャスターを務めるそうです。とても驚きました。トヨタイムズ は2019年からトヨタ自動車が始め、テレビ広告とインターネットを活用した企業メディア、いわゆるオウンドメディアです。香川さんは編集長役を務め、豊田章男社長はじめトヨタの現場を取材し、リポートしています。テレビ広告はとても多く放送されているので、視聴した方は多いはずです。大学時代、学内の新聞研究所でメディアの在り方を勉強し、報道ニュースとCMの間には決して越えてはいけない壁があることを学びました。ついに「ここまできたかぁ〜」という思いです。

 香川さんは今秋からTBS朝の新情報番組『THE TIME(ザ タイム)』で金曜日のMCを務めます。新番組は安住紳一郎アナウンサーが月曜日から木曜日まで、香川さんは金曜日を担当します。安住、香川の両氏はテレビ番組「ぴったんこカン・カン」などで共演しているので、視聴者にとっても新番組の空気が共有しやすいということなのでしょうか。テレビ業界の目から見れば、ヒットを狙う巧みな人選だそうです。テレビは視聴率競争に明け暮れています。TBSは今年3月からスタートした新情報番組が散々な結果に陥っていますから、高い人気を持つ安住アナを起用するだけに、「ザ タイム 」で万難を排した布陣を敷いたのでしょう。

 話は40年以上も遡ります。大学のマスコミ論の授業で新聞、テレビの報道に対する考え方、倫理観などを日本のみならず米国や欧州、アジアのメディアの例を挙げながら議論していました。広告の扱いについては、担当教授は米国の事例を詳しく説明してくれました。当時は新聞は部数が順調に伸び、テレビも子供から大人まで視聴者層が広がっており、現在と収益状況は違いますが、それでも新聞、テレビが広告にかなり頼っているのは昔も今も変わりません。新聞の場合、ニュース記事で報じた企業と同じ企業の広告を同一紙面に掲載することはありません。対向面といって記事面の向かい合う面についても同一企業名が掲載することも避けました。記事体広告という名前でニュース・解説記事風の紙面を制作することはありますが、これは広告です。

 テレビでもニュース番組のキャスターがCMに登場することはまずあり得ません。情報番組でも番組で紹介する情報とCMと重複することはありませんでした。出演者がCMに登場することもありません。ドラマで出演する俳優がCMに登場することは禁止されていました。大学の授業内容ですから当時でもテレビの現状との違いはあったと思いますが、新聞、テレビともに公正な報道の信頼を崩す行為は避け、そこで得られた信頼を広告で利用することも避けようという考え方が根底にしっかりとありました。これは40年以上も前のマスメディアにとっての建前です。しかし、私たち昭和の新聞記者はこの建前を大事にしてきました。

例えば新聞の紙面。見開きで広げた時、左側の紙面は記事面、右面は広告という原則がありました。なぜ記事面が左側に設定されるかというと、読者の視線がまず左の紙面から入り、右面に移るからだと説明されたことがあります。ところが読者離れに伴う講読収入の減少、インターネットの台頭に伴う広告需要の減退などが加わり、新聞経営は10年以上前から厳しさを増していました。ある日、誇り高いといわれた新聞社がその左側の記事面に広告を掲載し、右側にニュース記事へと紙面建てを差し替えました。いやあ本当に驚きました。記事を掲載するスペースを広告主に譲ったわけですから。新聞記事面と広告面の原則は「背に腹は変えられない」を理由に崩れてしまいました。

 ある新聞社では本来なら紙面の下半分に使う横長の広告をそのまま180度反転させて紙面全体の広告として掲載したことがあります。イメージを想像できますか。読者はこの広告を読む時は、新聞を180度左に回転させて読むことになります。そんなことをしてでも新聞広告が欲しい時期でした。

 新聞広告に比べてまだまだ元気が感じられたテレビも様変わりしました。ドラマや情報番組の出演者が番組中のCMにも登場するのは今や当たり前。番組と同じスキームでCMを制作しているため、番組の本編とCMの違いに気づかずに視聴してしまい、番組が伝える情報の信頼性がCMにも及ぶような番組が相次いでいます。テレビ視聴が高齢者に限られ、若者がネットを視聴する傾向は加速しており、広告収入はもう右肩下がりです。 テレビ会社の社員やその家族、系列会社などを守るためには受け入れるしかないのかもしれませんが、メディアの役割、ジャーナリズムの足元はもうグラグラです。

 このサイトで「トヨタイムズ にTime!」編でも書きましたが、日本でトップクラスのCMスポンサーであるトヨタがテレビ業界に与える影響は大きいです。疑いはないです。オウンドメディアとはいえ企業広告の延長線上にあるトヨタイムズ の編集長である香川さんを情報番組のMCに起用すれば、視聴者はどう受け止めるでしょうか。TBSの情報番組できっと良い仕事をされる香川さんへの信頼は増すでしょう。そうなれば今度はCMの一環であるトヨタイムズ 編集長として解説する内容に対する信頼は情報番組への信頼と重複するイメージで視聴者は理解するでしょう。有力広告主のトヨタにとってメリットは十分ですし、テレビ会社の営業にもプラスです。しかし、情報番組とCMの境目が限りなく曖昧になっていることは鮮明です。テレビや映画などで活躍している香川さんの年間スケジュールを押さえることを考慮すれば、かなり早い時期から周到に計画していたのでしょう。

 情報番組は報道番組ではない、との説明があるかもしれません。しかし、特定の時間を買い取って放送する通販番組と情報番組はどう異なるのでしょうか。情報番組、通販番組、CMの違いを視聴者は理解できるでしょうか。民間放送が開始して70年近く経過しました。これまで培ったテレビの大事な財産、そして信頼は着実に消耗しているように思えます。たとえは悪いですが、タコが自らの足を食べる姿を思い出します。

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