「次回は南沙諸島で会おう」29年前の米軍将校の言葉が現実になるのか

「次回は南沙諸島(スプラトリー諸島)で会おう」。軍事演習を終えた米軍将校が笑いながら、多国籍軍の同僚に向かってサヨナラを告げた風景が蘇ります。

 29年前の1995年8月、オーストラリア北部で展開された多国籍軍の演習に参加しました。参加はオーストラリアを主体に米国、マレーシア、シンガポール、パプア・ニューギニア、英国、インドネシアの合計7国。演習の仮想敵国はオレンジランド。オレンジランド軍の攻勢に対し、多国籍軍は陸海空で連携し、迎え撃つ演習でした。

7カ国の多国籍軍の仮想敵国は・・・

 軍事演習の目的はアジア太平洋地域の安全保障。その視野の先にあるのは中国による南シナ海への進出。とりわけ南沙諸島の海底に眠る石油・天然ガス、漁業資源などを巡って、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張しており、一触即発の緊張関係が続いており、1988年には中国とベトナムが軍事衝突しています。

北部準州の演習

多国籍軍の演習

 1995年8月の演習は軍事衝突という最悪のシナリオが前提であり、あってはならない事態です。すぐに発生するとは誰も想定してはいませんでしたが、「いつかはあるかもしれない」という緊張感がみなぎっていました。だからこそ、米軍将校は、最後の言葉に「南沙諸島で会おう」を選んだのでしょう。

 あれから29年が過ぎましたが、不幸にも「再会の日」が近づいているかのようです。中国とフィリピンは南沙諸島周辺で小規模な争いを繰り返しており、つい最近もフィリピン政府は自国の沿岸警備隊の船と補給船が立て続けに中国の海警局などの船に衝突されたと発表しています。領有権については2016年にオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が中国の主張に法的根拠がないと否定する判決を出していますが、中国は判決を受け入れず、フィリピン船への妨害活動が続き、衝突する争いの規模が拡大しています。

多国間の連携は拡充へ

 偶然なのか、それとも意図したのか、8月20日にインド・ニューデリーとオーストラリア・キャンベラの2カ所で中国の進出を念頭にした2国間協議が開催されました。

 ニューデリーでは、日本とインド。外務・防衛閣僚会合(2プラス2)を開き、安全保障協力の加速を確認し、覇権的な動きを強める中国への対応を強化する考えで一致しました。尖閣諸島周辺で中国海警局の船が領海侵入する事案が多発していますが、インドも2020年6月にカシミール地方のガルワン渓谷で軍事衝突して以来、関係が悪化しています。上川外相とシン国防相は記者会見で両国の連携を強調しました。

 キャンベラではオーストラリアとインドネシア。インドネシア次期大統領のプラボウォ国防相がオーストラリアを訪れ、アルバニージー首相と会談し、2国間の防衛協力協定を締結することで合意しました。国の軍事基地を訪問したり、共同軍事演習がこれまで以上に増える見通しです。

 29年前のオーストラリアとインドネシア両国の関係は決して良好ではありませんでした。政治、経済ともに冷え込んでおり、両国間の連携は絵に描いた餅でした。しかし、オーストラリア北部で展開した軍事演習では、インドネシア軍最精鋭の空挺部隊が参加し、陸上で待ち構えるオーストラリア軍部隊と合流し、仮想敵国と対抗しました。演習を取材していた記者団の前でインドネシアの空挺部隊長とオーストラリアの指揮官ががっちりと握手した姿はとても印象的でした。

 オーストラリアとインドネシアの関係は着実に密になっています。今回の首脳会議ではプラボウォ次期大統領は非同盟中立の原則を堅持しながら、オーストラリアから農業技術や麻薬対策などの支援を期待しています。中国との対抗勢力を構築したいオーストラリアにとって両国間の思惑にはまだ溝がありますが、インドネシアの取り込みに懸命な姿勢が見えます。

29年前になかった枠組みに日本も参加

 日本は憲法上の制約があって29年前の軍事演習に参加していませんでした。しかし、今ではオーストラリア、米国などと軍事演習を重ね、アジア太平洋の安全保障の枠組みにしっかりと組み込まれています。

 29年前に絵空事であって欲しいと思いながら、多国籍軍の軍事演習を取材していました。残念ながら、長い年月を重ねながら、軍事演習時の想定が現実味を帯びている恐怖を覚えています。

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