2030年までに日本のリーダー、カーボンコピーはゼロに

首相の姿が幻視のようにダブって見えたことがあります。菅義偉と菅直人のお二人です。偶然ですが同じ名字です。読み方は違いますよ。また偶然にもコロナ禍と東日本大震災という日本の国にとって非常事態を直面するリーダーシップを発揮する立場にありました。そして国民の期待を裏切り、日本の国力の限界を知り、結局は米国に頼るしかない実態を思い知らされます。なにしろ一国の首相が米国の医薬品メーカーCEOに電話でワクチンを売ってくれるように頼み、確保したと誇示するんですから。

科学的データは示さず、独断だけが先走り

幻視がダブって見えるのは私だけではないでしょう。専門家の意見を聞きながらも、自分の判断というか独断を先行させる。政治家、首相は選挙を経て国民の信頼を得ているとはいえ、科学的根拠が弱くデータも示されないまま政策が決まっていくのはやはり不思議です。

福島第一原発事故。国会や民間の事故調査委員会がまとめた報告書が指摘しているように、東日本大震災による大津波、そして炉心冷却システムが機能停止に陥った時、当時の菅首相の言動は現場に大混乱を招きました。コロナ禍のなか、遅々として進まないワクチン接種、非常事態宣言の繰り返し、収束への工程表の不提示などなど。科学的データを示さずに、頑張っている姿勢を強調するだけ。国民への説明では目が原稿を追うばかり。国民に理解してもらうために努力する熱意が鈍感なのか理解できませんでした。

二人の菅に時差を感じず

二人の菅首相の間には9年間ほどの時差があります。しかし、首相の判断、振る舞いを見ていると、現場の距離の遠さ、意思疎通の根詰まり感はまるで10年前の福島原発事故をカーボンコピーでなぞるように再現されています。静観していたら、私たち家族の命に関わる怖さをともに感じました。

中国のコロナ禍の最前線を伝えた武漢日記の著者、方方さんは日記の中で行政の役割、権力の重要性を指摘しながら、政府や自治体は市民、国民に対し責務を果しているのか、果たせなかった場合はどう責任を問うのかを何度も指摘しています。一年前の日記であるにもかかわらず、まさに2021年5月の日本の現状を描いているかのように思える場面が多いです。日本の私たちが武漢を教訓に考えようと冷静にいえる余裕があったかどうか疑問ですが、テレビや新聞が報道する医療崩壊などのニュースは武漢日記に記載されている政府発表やメディアの伝え方にどんどん似てきていました。メディアもカーボンコポーになってしまったのでしょうか。

菅首相は2030年までにカーボンゼロを柱にした国家戦略を推進しています。ワクチン接種も1日100万回、7月めどに高齢者に行き渡る計画をぶち上げています。いずれも工程表が明示できず、実現に首を傾げる向きが多かった看板政策でした。福島第一原発廃炉の現状は説明する必要もないでしょう。ともに先は見えていません。

このままリーダーシップのカーボンコピーが繰り返されていれば、先行きの不安は増すばかりです。未来の日本について政治家の皆さんと一緒に考え、意見交換しながら子供や子孫に対し「これが私たちが引き継ぐ日本だ」と胸を張りたいです。民主主義は前進に向けて手続きと意見交換が大事ですので時間はかかります。でもリーダーシップのカーボンコピーゼロだけは2030年までに実現したいです。

 

関連記事一覧