TDKがブレードランナーで輝いていた あの頃の日本企業はクールだったなあ

 TDKのネオンサインがあんなに格好良く使われるなんて!ライバルメーカーはとても悔しかったでしょうね。

 リドーリー・スコット監督の映画「ブレードランナー・ディレクターズカット」の最終シーン。捜査官ブレードランナーのデッカードは人間への復讐に燃えるヒト型ロボット・レプリカントのバッティによって老朽化したビルの屋上に追い詰められ、隣のビルへ飛び移りましたが失敗。転落寸前、予想外にバッティに救い上げられます。自らの命運が尽きる瞬間を覚悟したバッティは自身の”人生”を振り返り「時間と共にやがて消える」と告げ、最後を迎えます。

 主役のハリソン・フォードとルドガー・ハウアーの2人が深夜の屋上で息詰まるシーンを演じる背後に「TDK」のネオンサインが輝いています。とても印象的に仕上げられています。ブレードランナーは映画史上最高の評価を得た作品の一つ。その最終場面で「TDK」が輝く。監督リドリー・スコットら製作陣のオマージュではないかと感じてしまいます。

 映画の舞台は2019年のロサンゼルス。しかし、街の雰囲気、ビルのネオンなどは胃腸薬「強力わかもと」が大写しで登場するなど東京・新宿の歌舞伎町を再現したかのような喧騒さでいっぱいです。空飛ぶクルマ、ヒト型ロボット、宇宙人が闊歩する近未来映画のメルクマールとしても高い人気を集め、「ブレードランナー論序説」(筑摩書房)といった解説本も出版されたほど。初公開は1982年で、ディレクターズ・カットは10周年を記念して再編集され、1992年に劇場公開されました。

 「ディレクターズ・カット」にちょっとした思い入れがあります。当時、私はTDKやソニー、パナソニックなどの電機産業を担当する記者でした。ソニー取締役の出井伸之さんの自宅へ「夜回り」と称して取材で訪れたところ、ちょうど帰宅したばかりの出井さんは「今夜はディクレターズ・カットの試写会に行った帰りだよ」と話します。10年前のオリジナル版を見ており、ディレクターズ・カットも是非と考えていましたから、ブレードランナーに始まり、マイケル・ジャクソンも酒のサカナに飲んでしまいました。

 出井さんは数年後に社長に就任するころです。ソニーはホンダと並ぶ戦後生まれのスーパースターとしてまさに跳ぶ鳥を落とす勢い。1989年には映画会社コロンビアを買収、総合家電からゲーム、パソコンなどを含む世界のデジタル企業へ変貌する直前です。出井さんは社長就任後、「ソニーはデジタル・ドリーム・キッズを目指す」と連呼。AV機器やIT機器などをネットワークで連携、音楽や映画、ゲームなどコンテンツも活用する新たなビジネスの創造に挑戦します。マイクロソフトなどシリコンバレー の夢を超えるビジョンを掲げ、世界のリーダーを自任し、酔ってしまいます。

 映画の最後を締めたTDKも輝きを放っていました。磁性体を軸に電子部品に欠かせないメーカーとして他を寄せ付けない技術とブランドを確立。とりわけ映像ビジネスに欠かせない磁気テープで高いシェアを握っていました。カセットテープ、CD、DVDなど光記録メディアは、OEM(相手先ブランド)も含め、TDKの技術が支えていました。映画などの技術製作者がTDKを別格に扱うのも当然だったかもしれません。

 ディレクターズ・カットが公開された後、日本のエレクトロニクスはじりじりと輝きを失います。ソニーは一時期、どん底まで落ち込みましたが、2022年3月期は過去最高の1兆円を超える利益を稼ぐまで復活しました。TDKも記録メディア事業は海外企業へ譲渡し、2014年には撤退。現在は、他の追随を許さない磁性体の高い技術力を生かして世界有数の電子部品メーカーとして気を吐いています。

 1992年から30年間過ぎ、日本のエレクトロニクスは衰退しました。寂しいです。映画が描いた2019年をもう5年間も過ぎた今、改めて感慨にふけってしまいます。あの頃の日本企業は世界からクール、格好良いとみられていたんだなあ。つくづく痛感します。

◼️写真は岡本太郎さんの作品の展示会で撮影しました。

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