クラウン、ブランド再構築かレクサス共食い いつかはカローラの道を歩む

 久しぶりに驚きました。16代目を数える新型クラウンについてではありません。トヨタ自動車の「Mid-size Vehicle Company President」、新車開発責任者の中嶋裕樹さんの発言です。発表会のプレゼンテーションで新型クラウンの開発工程を説明したのですが、開発当初から節目ごとに豊田章男社長の意見を聞き、それを反映させ、期待に答える努力をしたことを強調します。「お客様」の一言も顔も姿も見当たりません。豊田社長も自身のテストドライバー歴などを披露しながら、日本の誇りをかけた新車開発に挑んだと強調します。このユニークな新型クラウンは豊田社長が創造したのだと想像せざるをえません。

新型クラウンの開発責任者は豊田社長?

 なぜって、意気込みが素晴らしい。豊田社長の言葉ひとつひとつが時代劇のようでした。1955年に誕生したクラウンは15代続いていました。トヨタの地元愛知県をなぞっているのでしょうか。過去のクラウンの時代は15代将軍で終焉を迎えた徳川幕府、今回の16代目は明治維新ととらえ、「新しい時代の幕開けです」と言い切るのですから。

 誕生以来、事実上日本市場でしか通用しなかったクラウン。今回初めて本格的に世界販売するそうですから、確かに開国、世界に目を開くことになります。自動車の世界競争を40年間も眺めていた身としては、2022年7月に聞くセリフとは予想もしていませんでした。ホント、驚きました。

 新型クラウンそのものに驚きはありません。事前に多くの情報が流布していましたから。感想は残念の一言です。まず正体不明の車。詳細はすでに多くのメディアで紹介されていますのでジャンプします。60年以上も日本のセダンを代表してきたクラウンにSUVタイプを加え、車型は4種類に増えました。フロントマスクは今流行しているのか他社も採用する細めのランプを軸にデザインされています。

「明治維新、新しい時代の幕開け」と世界への挑戦を宣言するが

 豊田社長は新型クラウンで「世界に再び挑戦する」と言い放ちます。そもそもクラウンはお客さんの好みを徹底的に丸呑みして開発し、生産された日本独特の高級車です。例えば良いかどうかですが、和食と洋食の違いです。過去に中近東や中国に輸出されたこともありますが、日本同様、運転はドライバーに任せ、後部座席の乗り心地でリラックスしたいお客さん向けに輸出されただけです。

 それよりも、新型クラウンを誰に売ろうとしているのでしょうか。発表会では狙う需要層の説明は一切ありませんでした。クラウンは豊田社長が徳川時代と呼ぶ60年以上、日本の高級セダンに君臨してきました。富裕層を含めトヨタの強さを支える岩盤のような顧客層を抱えています。この顧客リストは他社が羨み、大枚払っても手に入れられない貴重な資産です。明治維新を迎えているのですから、かつての大名、武士などを切り捨てるつもりかもしれませんが。

 日本のセダンの代名詞だったクラウンです。16代目でもセダンは残りました。もう25年ぐらい前に「セダンの終焉」を予言する連載企画をやろうと考え、失敗した経験がありますから、「今回もよくぞ生き残った」と誉めたいです。ただ、新型クラウンのコンセプトは年齢層の高い既存の顧客層の心にどこまで刺さるのか疑問です。若者を含めて世界40各国・地域で新しい顧客を開拓するという勇ましい思いは理解できますが、500万円台から800万円が価格帯の高級車です。若者が気軽に購入できる価格ではありません。

レクサスや他のトヨタブランドと食い合わないか

 もちろん、狙っているのはプレミアム、富裕層です。世界の欧米メーカーが強く、過酷な競争が演じられているマーケットです。ブランドの強さが文字通り、売れ行きを左右します。トヨタは「レクサス」を米国などでトップブランドに育て上げました。新型クラウンは、デザインや走行性能などを考慮するとレクサスと被る印象です。新たに加わったクロスオーバーは、レクサスNX、トヨタでいえば「ハリアー」とほぼ同列じゃないのでしょうか。トヨタの販売力を考えれば当面は売れている数字が現れるのでしょうが、どこまで長続きするのか。販売実績の数字を上げようとすると、世界で人気のSUVマーケットにぴったり合うクロスオーバーが牽引するはずです。そうなればレクサスNX、トヨタハリアーと食いあう場面が増えるでしょう。

 今回のクラウンのフルモデルチェンジを見て、6、7代目カローラのフルモデルチェンジを思い出しました。ともに主査は斎藤明彦さん。その後、副社長も務められました。斎藤さんはお父さんもトヨタに勤められていたこともあってカローラに対する強い思い入れがありました。1987年の6代目カローラの発表時は、その思いを開発にぶつけ、トヨタの主力車種をさらに進化させたいとの熱い魂を感じました。

6代目カローラを彷彿、格上のコロナと被りブランド体系に異変

 しかし、6代目カローラは大衆車市場の主役から一つ上のクラスに向けて階段を上がった印象でした。走行性能、車内のインテリアなどは格上の「コロナ」に接近していました。カローラは日産のサニー、コロナは日産のブルーバードとそれぞれ競合していました。ところが7代目はさらに高級化し、サニーどころかブルーバードと遜色ないレベルに迫ります。当然、コロナは居場所を失い始めます。カローラはトヨタにとって最量販車です。最強、徳川幕府、いえいえ最強トヨタを支える全国の販売店は、カローラを売りまくります。しかも主査は斎藤さんです。将来、出世は間違いありません。

 トヨタブランドのヒエラルキーが崩れ始めました。コロナはクラウンの2年後、1957年に誕生した歴史ある名車ですが、2001年に姿を消します。カローラは大量に販売していきたため、そのコンセプト自体がわかならくなってきます。村上春樹さんが言い得て妙なことをエッセイで書いています。詳細は忘れたのですが、確か「カローラは運転して何の思いも浮かばないけれど、それがカローラの良さ」。

そしてコロナは消えた

 カローラは日本で最も売れる車の地位を守るため、「カローラ」という冠をかざしたモデルが相次いで発表され、販売台数はすべて足し算してカローラとして換算します。現在の「ヤリス」も同じ道を歩んでいるような気がします。

 16代目クラウンは過去の栄光であるセダンを残しながらも、クロスオーバー、スポーツ、エステートを加え4種類でブランドの新しい時代を切り開きます。その挑戦はあっぱれと言いたいですが、クラウンの存在が大きくなればなるほど他のレクサスやトヨタのブランドと共食いが起こり、トヨタ全体のブランド戦略に影響を与えるのではないかと危惧せざるをえません。

 それにしても異例づくしの記者会見でした。新車開発の現場責任者の主査が姿を現しません。トヨタイムズを軸に情報発信する豊田章男さんらしいです。ワールドプレミアと銘打った発表会でしたが、質問はテレビと新聞が数社、大半は専門誌の記者。途中メディアを差し押さえて司会者が豊田社長に質問したのは、ルール違反です。司会者は身内です。記者会見は外部の意見を聞く機会です。

記者会見は社長の独壇場、「社長の言うことは誰も聞かない」というけれど

 豊田社長は独壇場の発表会・会見を気にしたのか、最後に「ご存知のようにトヨタは社長の言うことを誰も聞かない会社ですから」と強調していましたが、さすがに会場の空気が鼻白むのを感じました。ちょっと前まで開発担当の中嶋さん、デザイン担当者が社長から言葉にできないほど恐ろしい目にあったと話すエピソードを披露していたのですから。

 トヨタのクラウンは豊田章男社長そのものであることがわかった記者会見でした。

「豊田章男さんにはできるだけ長くトヨタ社長を務めていてほしい」。日産自動車の幹部が言っていたことを改めて実感しました。

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