トヨタとキヤノンが交錯する⑤ 御手洗家と豊田家 ディスラプターとの相克

 キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長とトヨタ自動車の豊田章男社長。

 経歴、年齢など多くの違いがありますが、共通している点があります。創業家を担いながら、その会社を飛躍させた過去のディスラプターと今でも闘い、もがいていることです。

 ディスラプターとはビジネスの常識に縛られず、誰もが不可能と考えていた壁を打ち破り、会社を飛翔させる人間です。アップルのスティーブ・ジョブス、ファイスブック(現在のメタ)のマーク・ザッガーバーグ、直近では電気自動車、宇宙事業、ツイッター買収などで世界を驚かせ続けるイーロン・マスクがすぐに思い浮かぶはずです(注;さん付けせず、すいません)

キヤノン、トヨタを飛翔させたディスラプターは誰か

 それではキヤノンの場合はだれか。賀来龍三郎、山路敬三の両氏は世界の事務機市場を支配していたゼロックスに追いつき、追い越す事業モデルと技術開発を見事に達成します。賀来社長が就任した1977年から山路社長が突然退任する1993年までの26年間、キヤノンは画期的な技術を編み出し、複写機、プリンター、デジタル映像機器などのヒット製品を投入し続けます。ゼロックスは今や遥か遠くへ去り、この技術とマーケティング力は今でも世界企業キヤノンの大きな資産であり、競争力を支えています。

 トヨタは?奥田碩氏ですね。諦めていた社長の座が1995年8月、豊田達郎社長の体調不良を理由に目の前に現れます。バブル経済崩壊の影響もあって自動車産業の経営環境は厳しく長いトンネルに迷い込んでおり、トヨタ社内も面従腹背の空気が支配していました。もし奥田社長が登場しなかったら、トヨタが日産自動車よりも先に経営が悪化すると考えられていた時期です。

 奥田社長は経営の抜本的な改革を次々と繰り出すとともに世界戦略を刷新し、トヨタ社内の人心を一気に変え、掌握します。トヨタは欧米を追い抜き、世界トップの座をめざして走り始めたのです

 ディスラプターの面目躍如はやはり「プリウス」でしょう。世界で初めて量産に成功したハイブリッド車「プリウス」が1997年に発売された時、クルマは排ガスを撒き散らす機械から環境に優しい機械に変身したのですから。

 創業家が御神輿の上にあぐらをかいた経営は捨て去り、世界の自動車メーカーが本気で「トヨタは強い」と思う時代の到来です。奥田氏は、社長の椅子を張富士夫、渡辺捷昭の両氏に譲った後もトヨタの経営に大きな影響力を持ち続け、トヨタを世界一の座へ押し上げます。渡辺氏が豊田章男氏に譲る2009年までの14年間は、トヨタにとってディスラプターの時代といえるかもしれません。

もう一つの共通点、社長就任はなかったかも?

 御手洗冨士夫、豊田章男両氏に共通している点がもう一つあります。ひょっとしたら、社長に就任していなかったかもしれないのです。

 キヤノンは1993年、山路社長の突然の辞任で創業家に社長の座が移ります。山路氏の個性的なキャラクターもあって様々な憶測が飛び交いましたが、結果は創業家出身の御手洗肇氏が社長に就任します。わずか2年後、肇氏は病気で死去し、その後を御手洗冨士夫氏が社長に就きます。

目の前にはディスラプターの姿が

 御手洗冨士夫氏は米国に23年間駐在し、キヤノンUSAの社長を務めていますが、肇氏が健在であれば社長の芽もあったかどうか。当時キヤノンを長年取材していた記者の冨士夫氏の人物評はかなり手厳しいものでした。世界企業のキヤノンを指揮する経営手腕に対し疑問を示すほど。

 豊田章男氏も最初から社長就任が当然視されていたわけではありません。創業家の嫡男としてトヨタ社内の多くの部署を経営しながら、出世の階段を登り続けていました。ただ、時の運に恵まれないこともあって、担当する事業は計画通りに伸びません。

 実力主義を貫く奥田碩氏です。世界の自動車メーカートップの座についたトヨタの社長の座が「創業家だから」という理由で決めるわけがありません。実際、章男氏への評価は厳しいものでした。しかし、社長・会長を務めた父親の豊田章一郎氏は「自分の目の黒いうちに」と社長就任を迫り続けます。

 御手洗冨士夫、豊田章男の両社長の目の前には、いつもディスラプターの姿が立っています。彼らを上回る経営をみせつけ、会社をより飛躍させるのだ。その強い思いが会社をより飛躍させ、社内を掌握する強い求心力につながれば、キヤノン、トヨタにとって全て良しです。しかし、今の経営をみていると、キヤノンもトヨタも自らの革新力を見失っているようにしか映りません。

 そうそう、もう一つ新たな共通点が加わるかもしれません。経団連会長です。御手洗さんはすでに就任済み。豊田章男さんは父親の章一郎さんも経験していますが、近い将来経団連会長として有力視されています。

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