日本のベンチャー 昭和から令和まで40年、それでも「名ばかりベンチャー」の殻を破れず
「リクルートってすごいねえ。カバンに紙幣と株券をいっぱい詰めて配って歩いてんるんだから」。1980年代、ある三菱財閥系企業の総務部長が苦笑していました。「わが社なんてとても怖くでできない。一発でアウト」。それから間もなく、リクルートコスモスの未上場株事件が発覚しました。
未公開株を配るベンチャーに遭遇
当時、ベンチャー企業を取材していました。上場を計画する企業を訪ねると、「株券を買わない?」と誘われたことがあります。購入した株が何倍にも増えるのですから魅力的な提案でしたが、さすがに新聞記者という自負が「手を出すな」と止めてくれました。大手ベンチャーキャピタルの経営者から「あんたら、どうやってお金を増やしているの?」と尋ねられ、「預貯金です」と答えたら、笑われた時代です。
昭和の終わりから平成へ移る頃は、ベンチャーブームでした。ベンチャー企業を育成するため、日本証券業協会が店頭登録市場を店頭公開のジャスダックに衣替えし、中堅中小企業の上場が相次ぎました。ベンチャー企業を取材する立場からすれば話題満載でうれしいのですが、ベンチャーとは名ばかりで、技術や経営のユニークさは今ひとつ。「うちは老舗のベンチャー。新興企業と一緒にするな」とベンチャーの意味を履き違えた経営者も少なくありませんでした。
経営手法はブラックに近い
当時のベンチャーが今は超有名企業になっている例もありますが、経営手法はほとんどブラック企業に近いグレーゾーン。「誰もやらないことをやれば、事業は拡大し、上場の道が拓ける」。これが成長戦略かと呆れていましたが、今でも時折、ブラック企業の一つとして名前があがりますから、当時とほとんど変わっていないのでしょう。
昭和から平成にかけてのベンチャー企業の平均像は、ベンチャーと創業間もないスモールビジネスとさほど差がありませんでした。世界が驚く技術やアイデアよりも、業績を着実に拡大していく。上場基準を満たしたら、念願の上場へ。アップル、グーグル、フェイスブックなど産業・社会のインフラをガラッと変えてしまうインパクトなどは見当たりませんし、無いものねだりに近い。
令和になっても小手先のベンチャーが目立つ
元号の名前が平成に変わり、さらに令和に移って30年以上も過ぎていますが、シリコンバレーに勝るとも劣らないベンチャー企業が誕生しているのでしょうか。甚だ疑問です。流行のスタートアップと言われる多くの企業は人材派遣や経理会計、金融など業務改善が主力事業。デジタルやインターネットを巧みに活用していますが、失礼ながら小手先のイノベーションにしか思えません。2018年6月に上場したメルカリにはかなり期待しましたが、肝心の北米攻略で足踏みしており、輝きが失せています。
もちろん、日本にもユニコーン企業はあります。プリファード・ネットワークスはどうでしょうか。2014年3月に設立され、ディープランニング(深層学習)による人工知能(AI)開発を中心にロボットなど幅広い領域で応用技術の実用化に取り組んでいます。
プリファード級はわずか
創業者の西川徹、岡野原大輔の2人は最先端の研究者として知られ、その将来性と研究開発力に対する評価は高く、トヨタ自動車や日立製作所、ファナック、中外製薬、DeNA、三井物産などが出資しています。最高経営責任者(CEO)の西川さんは「資金面で費用がなければ、新規株式公開をしたくない」との考えを明らかにした時期もありますから、上場を急いでいるとは思えませんが、日本で数少ないユニコーン企業であるのは間違いありません。
もっとも、ユニコーンになると期待した企業が上場寸前に躓いたベンチャーもあります。自動運転技術やロボット研究のZ MPです。自動運転などこれから成長分野として期待される事業が軸になるだけに、ソニーと提携しているほか、コマツやインテルが出資しています。上場は2016年12月に東証マザーズの上場申請が正式承認されたものの、その後に判明した顧客情報の流出問題など足枷となり、結局は上場見送りとなりました。
創業者の谷口恒さんにお会いしたことがありますが、とても挑戦的な姿勢が感じられ、ベンチャー企業の経営者のイメージそのものでした。技術力や人材は高く評価されているのですから、経営面の人材が補強されれば上場する日は近いのではないでしょうか。
ベンチャーキャピタルなど支援体制の拡充を
そして誰でも気づきますよね。日本でユニコーンと目されるベンチャー企業はプリファード・ネットワークス、Z MPの2社ぐらいしかないのか。答は、まだまだあります。ですが、ベンチャー企業を資金面や人材面で支えるインフラがまだ未熟で、支援体制が整わなければ昭和の頃と変わらないでしょう。
支援体制とはベンチャーキャピタルなどリスクを取る覚悟を持っている金融機関などを意味しています。建前上は主力銀行はじめ金融機関はスタートアップ企業を増やすために「リスクを恐れず」と称していますが、実際はどうか。ベンチャーキャピタルと言われる金融機関を見ても、「手堅く投資すること」を優先しており、「ベンチャーキャピタルとはリスクを取らない上場支援銀行」と勘違いしたことが何度もあります。
「名ばかりベンチャーキャピタル」が投資・支援するなら、結局は昭和の頃と同様、巨額の上場益獲得をゴールに手堅い業務内容を事業基盤にスタートアップするベンチャー企業ばかりが増えていくだけです。なんのことはない事業会社も金融機関も「ベンチャー」とは名ばかり。40年経ても何も変わらない日本経済のベンチャー事情です。