「女体盛り」山中温泉・山乃湯の若社長が演じた恩讐の彼方(1)

「女体盛り」。今でも時々、見かける話題です。全裸の女性の体に魚の刺身などを盛り付け、宴会に”出品”されるサービスの名称です。見た目をなんと表せば良いでしょうか。昭和なら猥褻、エログロ、令和ならキモいと言われるのでしょうか。見た目の強烈さからテレビなどであまり登場しませんでしたが、セクハラなどの言葉が無かった昭和の酔客の間ではウケるワードでした。

1980年代に取材

 発祥の地は北陸地方でも名湯と呼ばれる山中温泉にある旅館「山乃湯」。発案者は若い経営者でした。1980年代初め、「旅館経営の将来について取材したい」とお願いしたら、快諾してくれました。自身の人生を振り返りながら、女体盛り発案に至るまでの物語は強烈に今でも記憶に残っています。新聞記者40年間で数え切れないほど経営者にお会いしましたが、今でも懐かしい経営者の1人です。

 きっかけは、勤めていた新聞社の地域経済面に掲載する連載企画でした。富山、石川、福井3県の北陸経済は多くの温泉地が支えています。石川県を見ても、能登半島の和倉温泉、加賀地方の山代、片山津、粟津、山中の4温泉は全国に知られ、とりわけ和倉の加賀屋・小田禎彦さん、山代のホテル百万石・吉田豊彦さんは日本の旅館の将来を切り拓くリーダーとして注目されていました。おふたりには何度も取材をお願いし、新聞記事に登場していただきました。

加賀屋、ホテル百万石など旅館は大型投資の時代に

 ちょうど旅館は次代に向けて新たな経営を描く節目を迎えていました。古くから親しまれる名湯を継承しながら、家族で経営する旅館では事業の先行きは見通せない判断し、大型投資によって豪華な館内、エンターテイメントを前面に出した旅館が増えていました。ホテルと呼んだ方が相応しいリゾート施設への転進という表現が適切かもしれません。

 北陸は豊かな自然、日本海で育まれた魚介類、農産物に恵まれ、日本全国からお客さんを集める力があります。とはいえ、大型投資による旅館経営の規模拡大は大きなリスクを背負います。連載企画を通じて個性的な旅館経営者に会い、旅館の近未来を描いてみたいと考えたのです。

 それでは、なぜ山乃湯を選んだのか。現代の経営学を真似れば、時代の破壊者、ディスラプターに映ったのです。常識破りのビジネスモデルというのでしょうか。

 山中温泉は、美しい紅葉や「こおろぎ橋」など風光明媚な観光地として知られ、こじんまりした旅館が提供する丁寧な接客と上質な料理で高い評価を集めていました。「料理の達人」としてテレビ番組に出演し、ユニークな和食を次々と創り出す道場六三郎さんは山中温泉の出身です。質へのこだわりと美学。山中温泉のイメージそのものです。

山乃湯は山中温泉のイメージを破壊

 山乃湯は、好感度の高い山中温泉のイメージをぶち壊すほどの異彩を放っていました。異彩というよりは強烈な批判を浴びていたというのが正しいかもしれません。

 温泉旅館の魅力は非日常空間の提供です。裸になって温泉を楽しみ、開放気分を全開にして楽しむ。これこそが醍醐味です。加賀屋やホテル百万石でも、館内を豪華に飾り付け、派手なエンターテイメントやお祭りの再現などで日常生活とは異なる開放感を演出していました。

 しかし、山乃湯は旅館が提供する非日常空間のギリギリの線を攻め、時には逸脱していたかもしれません。「女体盛り」は一例に過ぎません。「わかめ酒」「ホールインワン」など一線を超えたネーミングの料理、ゲームが並びます。宴会のコースは料金別に内容が異なりますが、高価格帯は「天皇コース」「徳川コース」が設定されていました。40年以上も前でしたが、当時で3万円程度。かなり高い。しかも、女体盛りなどが加わったコースに天皇や徳川を冠するとは、なかなか挑戦的。時代の常識に縛られない破壊者、ディスラプターの覚悟を感じました。

 もちろん、山中温泉はじめ北陸の温泉地の旅館から厳しい意見が襲いかかっていました。「山中温泉のイメージを悪化させる」「家族連れのお客さんが温泉旅館を誤解し、離れてしまう」「法に触れる行為があったら、温泉地、旅館の信頼は失われる」。

若い社長は上から下まで真っ白

 非難轟々とも言われるなか、それでも山乃湯を経営する社長はどんな人物か。とても楽しみでした。

 なにしろ新人記者の頃、個性抜群の経営者にお会いする幸運に恵まれました。日本マクドナルドの藤田田、ロイヤルホストの江頭匡一、すかいらーくの横川4兄弟と日本の外食産業をリードした創業者たち。若いカップルらが利用するホテルとしてアイコン的な存在となった目黒エンペラーの創業者には新たなサービス業を創案するヒントを教えてもらったこともありました。みなさん、社会常識に囚われずに新たに挑戦する覚悟を忘れない人たちでした。

 取材当日、山中温泉を訪れ、山の湯に向かいます。タクシーに乗って「山乃湯へ」と言うと、タクシー運転手さんは「えっ、1人で宿泊するの?」と思わず聞き返しました。妙な空気に包まれ、緊張したのを覚えます。旅館に到着し、館内を案内されました。10人程度の仲居さんが今夜のお客さんについてのミーティングする前を通ると、仕事の手順などを確認していました。夜は「女体盛り」などが行き交う山乃湯です。その館内をお昼時に歩き回る気分は、見ちゃいけない舞台裏に迷い込んだ不思議な感覚でした。

 大きな広間にある応接セットに案内され、社長の登場を待ちました。

社長の人生に魅了される

 向こうから歩いてきた社長は、真っ白なスーツを着た若者でした。上から下まで、革靴まで真っ白。ところが、椅子に座り、足を組むと白い革靴と真逆の黒色が目に入りました。靴下でした。鮮明な白黒の違いに一瞬、目がテンとなり、心の中で「靴下も白にすれば良かったのに」と呟きましたが、「今日はよろしくお願いします」と挨拶し、取材の趣旨を説明し始めました。

 山乃湯の社長は、緊張した面持ちで口を開き、自らの経営について語り始めました。「女体盛り」に至るまでの物語に聞き惚れてしまう人生劇の開幕です。

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