アフリカ土産物語(26)セネガルの聖地トゥーバ イスラム教神秘派教団
青や緑のカラフルなドームと白い塔が空にそびえ、民族衣装をまとった黒い肌の信徒たちが礼拝に向かう。首都ダカールの東方約180キロ。人口の約95%がイスラム教徒のセネガルで最大勢力を誇るイスラム教神秘主義ムリッド教団の聖地トゥーバだ。「9・11米国同時多発テロ」が起きた翌月のことだった。
イスラム教の聖地
ムリッド教団はカリスマ的なマラブ(イスラム導師)として知られたアーマド・バンバ師(1855−1927)が設立した。労働を信仰につなげた教義が植民地支配にあえぐ民衆の心の拠り所となって勢力を拡大した。
トゥーバはバンバ師の出身地で、教団本部には第3代大統領のワッドも頻繁に訪れ、熱烈な信者であることを強調した。信仰が農産物作りに従事する農民から次第に都市部の経済活動従事者へと広がったため、権力基盤を意識した政治的演出との声も聞かれた。
セネガルのイスラム教は土着精霊崇拝が根強く、厳しい戒律を感じさせない世俗的な色彩が強い。街ではベールで頭を覆った女性の姿はほとんど見られず、ビールも公然と売られ、海辺では「flag」という銘柄のビールが若者に人気だった。
偶像崇拝にビール
驚いたのはイスラム教が厳しく禁ずる偶像崇拝が許されていることだった。バンバ師が埋葬されているモスクの外の露店では師のブロマイドも売られ、スカーフを巻いた似顔絵はまるでアニメの人気キャラクターのように国内のいたるところで目にした。
トゥーバ土産にバンバ師の似顔絵付きのカセットテープを買った。ムリッド教団の導師の説教が収録され、バンバ師はいつでもイスラムの普及のために闘い、神は唯一無二で、イスラムのすばらしさを人類に知らしめようとしていると称賛する内容だった。
聖地を訪ねてみて、信徒の間に相互扶助の信仰が息づいていると実感した出来事がある。あたりには食堂が見当たらず、同行者が見知らぬ民家を訪ね、何か話をしているうちに私も一緒に部屋に招かれた。床にはチェブ・ジェンという炊き込みご飯を盛った洗面器のような容器が置かれていた。
相互扶助が信仰に息づく
「どうぞ一緒に食べましょう」。その家族は私にもスプーンを手渡した。魚の切り身とニンジンなどの野菜がコンソメで味付けされて実に美味しかった。アジア人の私を珍しがる様子もなく、当たり前であるかのように接してくれたのだ。そして彼らは「食事は隣近所の人や通りがかりの人々にも分け与えるものだから」と笑顔を見せた。
その精神は人々の暮らしの隅々まで根付いていた。ダカールへ戻るミニバスで乗り合わせた小さな男の子にアメ玉をあげると、その子はそれを小さく割って、自分より小さな幼児に分け与えたのだ。米国主導のグローバル化が進み、貧困や格差への複雑な思いが膨らみ、アフリカ各地でテロが頻発して世界が疑心暗鬼に陥るなか、分かち合う精神こそ世界を救済する力になるに違いないと小さな手を見て感じた。(城島徹)