藤田と安宅が語る本物とは 経営者の魂が生きる大阪の美術館(2)

 藤田美術館の展示室の入り口は異空間への誘いを意識しているのでしょう。遮るものがないオープンエアのエントランスの空間は光が溢れています。展示に向かう四角い空間に足を一歩踏み入れると、待っているのは暗闇です。目の前に何かあるような気がするのですが、目が慣れていないせいで判明しません。わずかな光で浮かぶ文章が並んでいました。

展示室の入り口に美術館の使命を掲げる

 「美術館を楽しむ」とのタイトルが書かれていました。「まずは美術品をじっくりご覧ください」と始まる文章は、美術品の声をかたむけてください、語りかけてください、と続きます。美術館の使命は先人が守ってきたものをカタチだけでなく、ココロを未来へつないでいくことと宣言、「そんな美術館でありつづけたいと思います」で終わっています。

 美術館の気合を感じました。入った瞬間、目の前が真っ暗なので、文章を読む余裕もなく右に左にどちらへ行けば良いのかと迷い、立ちすくんでしまう人も。でも、そんな不自由さは気にしない。右に左に迷いながら、どう進むのか、展示品と向き合うかを決めるのは「あなたですから」。こう突き放す距離感に感心しました。

 暗い迷路を抜けて左手に入ると、すぐに「交趾大亀香合」が出迎えてくれました。展示数は多くありません。ガラスケースに収まる作品はスポットライトを浴びて浮かび上がります。もちろん触れることはできませんが、360度ぐるっと回りながら見たい角度から眺めることができます。唯一、拝見できないのは作品の底部だけ(笑)。

 美術館の説明通り、展示品の説明はありません。小野道風や紀貫之の筆と伝えられる書、仏画などもガラス越しすぐ目の前に鑑賞できます。ガラスがあると気づかず、オデコとぶつかることが何度も。注意してください。展示ケースはこじんまりしており、展示スペースの間仕切りのような狭い空間に配置している作品もあります。丸い茶器はとても美しく、しかも精巧な絵柄が施されており、とても焼き物とは思えません。「美味しいそうな月餅みたい」。やはり日頃から下世話な生活を過ごしている証拠か、情けない感想しか浮かんできません。

 曜変天目茶碗は別格の扱いでした。「好きなだけ堪能してください」と広い空間にぽつんと置かれていました。茶席では器を手に取って裏返ししたりとたっぷり楽しむことができますが、さすがにそれは無理なことは承知しています。この展示方法なら手に取ること以外は、茶碗を味わえます。

展示は360度、好きな視点から堪能できるように

 幸いにも入館した時間帯が開館したばかりでしたので、他の入館者の動きをさほど気にせずに展示品をそれぞれ楽しむことができました。展示品は決して多くはありません。でも、それぞれの存在がとても身近に感じられ、なんかお腹がいっぱいになった気分でした。

 展示空間の仕切りには、美術館の思いを漢字一文字で表現しています。例えば「阿」。すべての始まりを意味する梵字で、美術館にとっては蒐集のはじまり、藤田傳三郎父子の情熱を表しているそうです。

 展示室内を何度もぐるぐると回っても、もうやめようという気持ちは浮かばないのですが、館内が混んできたので諦めて出ることにしました。ところが出口がわかりません。入館した人は私と同じように何度も鑑賞のためにぐるぐる回るので、帰りも入り口に戻るのかと勘ぐったのですが、さっきまで隣にいた人は気付いたら見かけません。注意深く出口らしい雰囲気のものを探したら、四角い木戸に明かりが照らされていました。ようやく気づきました。出口はどこかと迷ったのは、「出口はこちら」と急かす無粋なことはしない気遣いのおかげでした。

 お庭を散策しました。こちらも久しぶりです。庭師の方にはとても失礼ですが、リニューアルオープンしたばかりのせいか、以前より隅々にまで手入れされている印象でした。時季もよかったからでしょう。多宝塔、茶室、御地蔵さん、みんな清々しい輝きを放っていました。

 入館料は1000円です。心身ともに満足です。ごちそうさまでした。

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