経営者の魂が生きる美術館(4) ワシントンのフリーアと中之島のKINCHO 

 莫大な資産を築いた企業の創業者が絵画や焼き物など美術品を購入して世界的なコレクションを成すのは歴史の一コマ。かつては王や皇帝が自国の富と権勢を誇るため、大英博物館やプラド、エルミタージュを構えていた代わりと考えれば、驚くことではありません。

 世界の美術蒐集の歴史から見たら、日本の美術品コレクション、まして大阪の美術館は改めて特筆する規模ではありません。日本の経営者でも倉敷市の大原美術館、東京の根津美術館などが素晴らしい蒐集品を展示しています。いずれも拝見させていただきましたが、大原美術館はオーナーの大原孫三郎さんが自分の好きなものを集めたという意思が館内に充満しており、とても好きです。お金を持っている人が好みのコレクションを育て楽しむ。資産の規模はともかく、自分で楽しみたいことにお金を費やすのは働きがいの一つだなあと実感した次第です。

ZOZO創業者のバスキア蒐集は世界でも知られています。

 最近でもZOZO創業者の前澤友作さんが現代美術で人気が高いバスキアを120億円以上も払って購入したりと、そのコレクションは世界でも有名です。直近、約60億円で購入した作品を売却することがわかり、落札予想は80億円を超えるとみられています。千葉県に個人の美術館を建設しているとも聞きます。自らの才覚と実力で築いた財力をてこに美術品に投資し、それを膨らましていく。楽しいでしょうね。

 それでもあえて大阪の美術館を取り上げる意味は何かと考えると、やはり常軌を逸した執念、狂気を感じさせるところでしょうか。日本が江戸時代を終えて明治に入り、資本主義を経験し始めた時期です。大名でもないのにお金がドカン、ドカンと入ってきます。多くの野望を抱え、それを実現しながら日本の未来、言い換えれば自らの子孫を考えて日本の文化を守り継承する役割を果たすと腹を固める。藤田、安宅両氏の場合は、次代の人が自身のコレクションをどう評価するかどうかに囚われず、これぞ本物の美だという不動の確信が、他に見当たらない美術館を創り出す結果になったのではないかと思います。

 唯我独尊ともいえる美の追求が多くの人を引き付ける魅力を生み出し、それが文化として私たちの目の前に存在しているのでしょうか。広田不孤斎の「骨董裏おもて」には著名な経済人らが鬼気迫る交渉を繰り広げるシーンがいくつも登場します。美術館に展示される作品が鎮座するまで数えきれないほどのドラマが演じられているはずです。

 コロナ禍が湧き上がる3年前の2019年、ワシントンにフリーア美術館を訪れました。俵屋宗達の「松島図屏風」を見たいと思ったからです。この美術館はデトロイトの実業家のフリーアが明治期に日本などの名品を蒐集しており、遺言として散逸や損傷を危惧して「門外不出」を厳守しました。藤田傳三郎さんが海外流出を危惧して蒐集していましたが、ある意味で反対側に立っていたコレクターなのかもしれません。日本で見ることができない傑作を目の前で鑑賞したいと考えて訪れましたが、訪問時にどんな展示品が並んでいるのかわかりません。宝くじに当たる思いで訪れましたが俵屋宗達の傑作を目にすることはできませんでした。

 しかし、コレクター、フリーアの気迫を感じることできました。自身の蒐集品を見て欲しいというよりも、これが美であることを知って欲しいというコレクター、フリーアの思いが館内に継承され、充満していました。自らの資産を使い果たして美術品を蒐集した企業経営者は数えきれないほどいますが、藤田傳三郎や安宅英一のような狂気に近い熱狂を覚えました。

 改装中の東洋陶磁美術館を目視した後、10分程度歩いていると中之島美術館にたどり着きました。2022年2月に開館したばかりです。大阪市が40年近くも近代美術館構想を抱え、ようやく結実した美術館だそうです。開館したばかりというので立ち寄りました。

中之島美術館の館内

 当日は「モディリアーニ」展を開催中でした。館内や周辺を見て回りましたが、東京の美術館と何が違うのか。とにかく館内は広い空間に溢れていました。家具などは北海道旭川市のカンディハウスが担当していました。創業者をよく知る家具メーカーなので親近感はありますが、カンディハウスの良さが感じられず、ちょっとだけ寂しさを覚えました。館内は広大な空間ばかりが印象的です。

狂気に近い熱気を帯びる美術館と公共の美術館の違い

 隣には関西電力の本社があり、玄関前では原発ストップの抗議を掲げるグループが立っていました。一方の隣には国立国際美術館のアバンギャルドな外観があります。以前に大規模なアボリジニアートの展示会が開かれ、訪れたことがあります。今でもあの時の感動を記憶しています。

 その向こうには蚊取り線香で知られる「KINCHO」の看板を掲げるビルが見えます。白地の空間の中で赤いアルファベットの文字「KINCHO」が浮かび上がり、とてもシュールです。視線を戻すと、中之島美術館の前に立つ彫像が立っていました。こちらは赤い猫がモデルで、黒地に浮かび上がります。

 大日本除虫菊、キンチョーのテレビCMが際立つ存在感を放っている理由が分かりました。本物を追求している限り、かならず未来に残るという熱い気迫と自信が見えたからです。ホームページをチェックしたら、やはりそうでした。KINCHOの鶏冠に載って語っています。「昔も今も品質が一番」。

 

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