映画「ディンゴ」マイルス・デイヴィスが豪州アウトバックとドリーミング

 「ディンゴ」を知っていますか。オーストラリアの荒野などで生息する野犬をこう呼びます。オオカミの亜種で、体型は細身ですが、目つきの鋭さは野生そのもの。砂漠で偶然、出会ったことがあります。小さい頃に育った北海道でヒグマと鉢合わせしたら目をそらすなと教えられましたから、ディンゴと目が合った時もじっと見つめ合いました。いやあ、格好良かった。以来、大ファンです。

オーストラリアの野生の犬の呼称

 そんなこともあって「ディンゴ」の文字を見ると目がすぐにロックオン。同じ例で並べるのは大変失礼と承知していますが、三菱自動車が小型車「ディンゴ」を発売した時は試乗しましたし、黒人奴隷の差別を描いた「マン・ディンゴ」を見ています。最近ではケーブルテレビの番組表で「ディンゴ」という映画タイトルを見つけ、すぐに録画予約し視聴しました。

 映画「ディンゴ」は意外にも、物語の主役がマイルス・デイヴィス。トランペットから放たれる音色はぎゅうと押しつぶしたよう。その独特な味わいに魅了され、高校の頃からレコードを買い集め、今でもアルバムジャケットを見るたびにクール、格好良いです。マイルス・デイヴィスは映画の世界が好きなんでしょうね。「死刑台のメロディ」「クールの誕生」「マイルス・アヘッド」など音楽、出演で活躍しています。いずれもジャズのカリスマの香りをプンプンさせ、誰も寄せ付けない強烈な独創性も合わせて放ちます。羨ましい。

ジャスのカリスマと荒涼とした砂漠が主役

 映画「ディンゴ」の舞台は意外にもオーストラリアのアウトバック、広大で荒涼とした砂漠と木々が広がる奥地を意味する呼び名です。オーストラリアの内陸は砂漠と赤い土に覆われ、その場に立てば圧倒的な自然の力に飲み込まれます。トヨタ自動車「ランドクルーザー」で砂漠を走り回ったことがありますが、大陸の背骨のような真っ赤な山脈や丘陵と並んで走る爽快感はオーストラリアでしか体感できないものです。でも、なぜジャズの舞台に。映画の冒頭から素朴な疑問が湧き上がります。

 映画の内容を簡単に紹介します。オーストラリアのアウトバックに住む子供たちが遊ぶ前に突然、貨物機が着陸します。機体の横長の扉が開くと、なんとマイルス・デイヴィスが扮する「ビリー・クロス」が登場、演奏します。映画の主人公、ジョン・ディンゴ・アンダーソンに「君は音楽を楽しめ。パリに来たら、訪ねて」と明言します。

 以来、主人公のディンゴはトランペットの演奏に熱中し、聴く人が誰もいないアウトバックの地に向かって練習を重ねます。仕事は牧場の牛などを襲う野犬ディンゴの駆除。幼友達と結婚し、二人の娘と共に暮らす生活は愛に溢れていますが、生活は苦しい。しかも、ビリーに言われた通り、日々励むトランペット演奏の才能を誰も信じてくれません。友人らから弄ばれる主人公のディンゴはある日、パリを訪れ、ビリーと出会い、少年時代の記憶と夢と現実が重なる未来を体感します。

アウトバックの生活を忠実に映像化

 うれしかったのはオーストラリアの自然、つまりアウトバックの空気、生活がとても忠実に描かれていること。学校の先生がギター演奏してダンスパーティーを盛り上げている場面を実際に見ていますし、広大な地域に数家族で暮らし、お互いに助け合って暮らすアウトバックの生活が描かれています。監督はオーストラリア人ですから、空気感の再現はさすが。そこにパリで暮らすマイルス・デイヴィスことビリーの暮らしがオーバーラップしても、違和感がどこにも見当たらない脚本はおとぎ話として完結します。

 映画の場面を見ていると、1981年の東京公演とダブります。現在の東京都庁の敷地だった新宿西口の空き地でマイルス・デイヴィスは5年ほどの沈黙期間から復帰、アルバム「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」を演奏しました。マイルスの公演は3回ぐらい聴きに行きましたが、新宿西口の公園は体調もあってステージでほとんどトランペットを吹きません。時々、「プッ、プッ・・・」と吹き始めると、観客はワア〜と盛り上がります。映画「ディンゴ」で演奏しないと話していたビリーが知らない間にライブハウスのステージに立って、即興に加わった瞬間に沸いた観客と同じ雰囲気です。

新宿西口のステージと瓜二つ

 新宿西口広場のステージでは女性のギターリストがものすごいエネルギッシュな演奏を披露しました。力強い弦さばきを長時間続けた体力にも舌を巻きました。映画の主人公をパリのライブハウスで強引に演奏させたり、彼の作曲をレコーディングに収めると約束するなど、マイルスは若い才能を見い出し、自分自身の新しいエネルギーに変えていたのでしょう。

 別れ際、マイルスが演じるビリーは主人公にアウトバックに戻り、演奏を続けるようにアドバイスします。パリに留まっても、荒涼とした砂漠をステージに磨かれた彼の才能は花開かないとわかっていたのでしょう。

 映画はオーストラリアとフランスの共同制作です。それぞれ魅力をステレオタイプ的にアピールしている面もありますが、わざとらしさを割り引いても、このおとぎ話に堪能できました。マイルスデイヴィス、アウトバック。どちらも大好きなファンの目から見て大満足。ちなみにマイカーはスバルの「アウトバック」。

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