真球・バネを敬う米国の芸術眼 創造の源を見落とさないMoMA 

  ニューヨーク近代美術館(MoMA)は何度訪れてもハマります。マチス、ピカソ、モネ・・・と素晴らしい作品を気軽に拝見でき、写真もバチバチ撮影しても怒られません。5年前の改装後、初めて訪れましたが、作品と観察者の距離感、展示の開放感は変わっておらず、ホッとしました。

 それにしても入館者がものすごく増えました。「ニューヨークを観光したら、必ず訪れなきゃ」という空気が館内に充満しています。どのフロアもたくさんの人の列。「MoMA」のロゴをあしらったお土産やアパレルなども増え、お店の広さも2倍以上になった印象です。以前なら、時間帯さえ選べば、周りに誰もおらず、自分ひとりでピカソやモネと対面する時間と空間を楽しむことができました。かなり残念です。

自動車部品の展示に感激

 MoMAで楽しみにしているのがもう一つあります。工業製品の展示です。いつも目からウロコ、コロンブスの卵といった感じで「これって素晴らしいでしょ」と自信満々に目の前に並べてくれます。芸術とはなにか?なんて神学論争をする気は全くありませんが、「これが芸術だ!」と信じ込んだら、ピカソもマチスも超える作品に変貌します。

 今回は自動車部品がメインでした。正確には自動車にも使われる工業製品と呼んだ方が良いかもしれません。まずベアリング。回転駆動の摩擦を極力ゼロに近づける部品です。構成する金属の球は完全な円に近い真球に仕上げなければいけませんが、真球に磨き上げる高精細な製造技術はまさに芸術そのものです。今流行りの人工知能に頼めば簡単と思うかもしれませんが、そんな生易しい世界ではありません。ミクロン(10万分の1ミリ)、サブミクロン(100万分の1ミリ)の誤差も許さない製造技術が必須です。

 そんな微細な違いをどうすればわかるのか。20年以上もほ前、精密加工で高い評価を集めていた機械メーカーの職人さんに質問したら、「金属の輝き、触れた感触でわかる」と教えてくれました。現在は光センサーなどで計測しているのかもしれませんが、何百万個の真球を誤差なく生産する工程管理も必須です。1人の天才に頼らずに人間が成しうる最高の技術がベアリングに凝縮されているのです。

肉厚なバネは存在だけで圧を感じます

工業製品の機能に美と技術が凝縮

 バネも展示されていました。自動車はもちろん、パソコン、家電など日常生活で使う工業製品なら、必ずといって良いほど使用されています。鉄道、工場など経済活動を支える基礎技術です。機能は単縦。伸びたり縮んだりするだけですが、何万年も前から人間が生きるために利用しています。何トンという重量物でも、とても繊細な感覚でもバネは求める役割を果たしてくれます。素材、加工によって、どんなバネにも変身できる。目の前の大きく太いバネを眺めているだけで、活躍するたくさんのシーンが目に浮かび、多くのイメージを提示します。ピカソの絵よりも、想像力を刺激すると思いませんか。

ピストンヘッド

 とってもうれしかったのはピストンヘッドが並んでいたことです。自動車のエンジンはガソリンなどの燃焼・爆発で駆動力を生み出しますが、そのエネルギーを車輪に伝える重要な機能を担っているのがピストン。エンジンブロックに開けられた筒状の空間に嵌め込まれ、ガソリンの爆発のたびに上下運動します。いわゆるピストン運動です。エンジンは1分間に数千回という高速回転しながら車輪に駆動力を伝えますが、当然ながらエンジンブロックとピストンは上下運動による摩擦で摩耗します。ピストンヘッドにはこの摩耗に耐えられる精密加工が施されているのです。

 ピストンヘッドをよく見てください。頭部に輪切りの溝が掘られています。そこにピストンリングを嵌め、爆発で生まれるエネルギーによる大衝撃と高熱に耐えながら、10万キロでも走り切るエンジンを支えています。

黒子だからこそ、注目を

 まさにエンジン性能を引き出す黒子役です。これを美術品として展示する。Mo MAはなんてオシャレなんでしょう。工業製品を展示する美術館は数多いですが、製品がほとんど。ピストンヘッドをあえて展示するセンスに感服しました。

 創造の源はどこから。MoMAの工業製品の展示を見ていると、有名アーチストにばかり目を奪われずに身近なところにヒントがあるのだと思い知ります。

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