北海道・音威子府そば”復活” 忘れられない味は、いつもまでも身体に染みる記憶
「音威子府そば」が復活しました。麺は黒く、そばの風味がたっぷり味わえ、歯応えもしっかり。北海道でも音威子府村でしか食べられないといわれた、あの味と食感を再び体感できそうです。すなおにうれしいです。
音威子府は北海道北部にある村です。人口は662人(2023年5月末現在)。北海道でも一番小さい村ですが、鉄道ファンやそば好きの間ではとても有名です。周辺地域は全国でもトップクラスのそばの産地ですが、音威子府そばは本州のそばとは違う個性の強さが知られ、JR宗谷本線の音威子府駅構内の「常盤軒」は鉄道ファンのみならず全国からそば好きが集まってきました。しかし、常盤軒はご主人が亡くなり2021年に閉店。さらにそばの製麺方法を継承する方が高齢を理由に、2022年夏に廃業。黒いそばは消えてしまいました。
私も10年ぐらい前に名寄の友人からお土産としていただいて以来、蕎麦の強い個性にハマって食べていました。昨年1月、豪雪の音威子府村を訪ね、天塩川温泉に浸った体に熱燗を流し込み、そばとザンギを肴にお酒を堪能しました。日本酒と音威子府そばは予想以上に合いますよ。
「そばの製法は継承できない」で消える
音威子府駅から出発する時は駅前の食品スーパーで音威子府そばを探し、家族のお土産に持ち帰ったほどです。それだけに製麺所の経営者が高齢を理由に、しかも製麺の技法は誰にも継承できないと説明して廃業を決めたニュースを知った時は、とても残念でした。
ところが、復活したのです。朝日新聞6月12日付記事によると、千葉県茂原市で「音威子府食堂」を開いている佐藤博さんが茂原市の製麺所とともに、試作を重ねて成功したそうです。佐藤さんの実家は音威子府村のそば農家。高校卒業後、千葉県の飲食店で鍛えた腕前で食堂を開店。子供の頃から親しんでいた音威子府そばを看板メニューに据え、音威子府村の製麺所から仕入れて提供していました。東京の丸の内線四谷三丁目駅近くで「音威子府TOKYO」を開いていた鈴木章一郎さんも協力し2023年に入って再現に成功。「新!!音威子府そば」と命名したそうです。
「北海道のおいしい」が消えるのは寂しい
北海道のおいしい魚や野菜、乳製品は高い人気を集め、今や日本だけでなく世界からもグルメが押し寄せてきます。しかし、地球温暖化のせいか、周辺の海水上昇などで水揚げされる魚介類や農作物の収穫内容が様変わりしてしまいそうです。イカで知られた函館は、不漁が続くイカに代わって大漁が続くブリで新たな名産品を考案していますし、欧州で収穫されるブドウが北海道中央部で育成でき、世界的なワインが誕生し始めています。
「北海道のおいしい」が増えるのは大歓迎です。でも、小さい頃から食べ親しんだ「北海道のおいしい」が幻となってしまうのは、とても寂しい。自分自身の北海道の歴史がすっかり過去になってしまう印象です。音威子府そばは、北海道から離れた千葉県で復活しましたが、きっと北海道のふるさとに里帰りして再び「音威子府の味」を求めて全国から観光客やそば好き、鉄道ファンを引き寄せることでしょう。
音威子府を「おといねっぷ」と読める人がどんどん増えて欲しい。そして砂澤ビッキ、さらに地元の美術工芸高校の生徒さんの素晴らしい彫刻などの作品を目にして、「北海道で一番小さい村でもこんなことができる」というエネルギーを感じて欲しい。
ひさしぶりにうれしいニュースです。