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「100人の命」と「面白いアイデア」小林製薬の社外取締役はどっちを選ぶ!?

 紅麹を素材に使った健康被害を巡る小林製薬を見ていると、素朴な疑問が湧き続けます。100人とも言われる多数の死者を出しているにもかかわらず、経営の実権を握っていた小林一雅前会長が特別顧問に就きました。その理由として、山根聡社長は記者会見で「そういう風に受け取る人もいると思うが、メーカーとしてはアイデアや事業を作る上で、知見がある人の意見を取り入れることに意義がある」と説明します。呆然!?

前会長の方がやはり貴重?

 小林前会長は紅麹を素材にしたサプリメントを考案した本人かどうかはわかりませんが、小林製薬の全製品に責任を負う立場であったことに間違いありません。「100人の命」と「前会長のアイデア」を天秤にかけ経営の責務の軽重を計ったら、まさか創業家出身の前会長を選ぶとは予想できませんでした。

 それとも、健康被害に関する補償はしっかり支払うためにも、小林製薬の存続に必要な前会長のアイデアを捨て置くわけにはいかないと考えたのでしょうか。小林製薬の経営の主導は創業家から社外取締役へ移ります。社外取締役の皆さんはどう判断したのか。とても知りたい。

 小林製薬はコーポーレートガバナンスの優等生と言われ、その成否を握る社外取締役の充実にも早くから取り組んできました。経済産業省が作成したコーポレート・ガバナンス・コードたたき台をまとめた当時の伊藤邦雄一橋大学教授はじめ、佐々木かをり、有泉池秋、片江善郎の3氏の合計4人が就任しています。佐々木氏は女性が経営者として活躍する場を広げる先駆的なリーダーとして知られています。有泉氏は日本銀行、片江氏は日立製作所で要職を経験しており、傍目からみても伊藤、佐々木、有泉、片江の4氏の経歴、力量はバランスが取れて、他社に比べて遜色ありません。

社外取締役は社長らの誤りを質したか

 社外取締役に最も期待されている責務は企業経営の舵取りが誤る寸前に警鐘を鳴らすことです。なぜ小林製薬の紅麹を巡る経営の混乱、そして経営危機を未然に警告することができなかったのか。事実検証委員会の報告書によると、規定にあった社長を本部長とする危機管理本部を設置しておらず、「社長が率先して製品回収や注意喚起の実行という判断をしなかった」と指摘しています。社外取締役は、危機管理の不備を指摘し、警鐘を鳴らす瞬間ではなかったのか。あるいは見逃したのでしょうか。

 社外取締役が適切に機能したのかについて、山根社長はこう答えています。「死亡症例の公表については4、5、6月と取締役会で協議していた。様々な議論があった。社外取締役から積極的な意見があり指導的な役割を果たした。今回の問題について、発生以後、けん引してくれたのは事実だ。創業家出身者が辞任に至る過程で、社外取締役は正しい判断をした」。

 前社長の小林彰浩取締役は社外取締役に対する報告の遅れについて、「常勤監査役から監査役会へは報告があり、経営会議や執行役員会議で隠していたわけではないと理解してほしい。製品と症状に関連があったかを調べていた。ただ、製品に関連があろうがなかろうが一報を入れたらいいのではと叱責はあった。その通りだったと反省している。調査に時間がかかったことで報告が遅くなり反省している」と説明した。

 社外取締役は経営の執行者ではありません。紅麹を巡る経営危機の対応で前面に立つことは難しかったかもしれません。しかし、取締役会で健康被害などの対応の遅さに異議を唱え、具体的な是正策を求めることはできます。残念ながら、新社長、前社長による記者会見で明らかになったのは、経営陣の当事者意識の薄さとともに、社外取締役の受け身の姿勢です。

 経営陣の当事者意識の薄さは衛生管理に対するコメントでもわかります。「現場に任せた」。不正認証が相次ぐトヨタ自動車などで経営トップから繰り返し聞かれた言葉でしたが、小林製薬でも吐き出されました。

 山根社長は「反省すべきところ。我々がもう少ししっかりと現場を見る必要があった。これからは現場の声を聞くとともに、自らも現場におもむく。確認する仕組みを作ることが大事。自ら現場の声を聞くことを実践する」と反省しますが、人の命、健康に関わる製品を生産し、販売している会社のトップとは思えない言葉です。

 実務を仕切る役員はもっと驚きます。山下執行役員は「的確に現場のオペレーションを把握していなかった。原因は複合的で製造本部のガバナンスの問題、工場のガバナンス、会社全体の経営風土の問題もあったのではと思う。あらためて工場の製造ラインやモノづくりに徹底的に向き合い、所属の枠を超えて取り組む」と説明します。製薬という社名を持つ会社の経営陣からこんな言葉が続くなら、もう社名から製薬を削った方が良いのではないでしょうか。

フクロウとして知恵を授けて

 社外取締役は「フクロウ」だと思っています。ローマ神話の知恵を司る女神ミネルヴァの肩には、英知の象徴としてフクロウがとまっています。 社外取締役は企業経営者が迷い、逡巡した時、彼らの肩に止まり、知恵を授けるのです。小林製薬では現在、取締役会の議長を務め、経営改革を主導する立場にあります。経営の進路は真っ暗闇でも両眼でしっかりと小林製薬の経営を見極め、甚大な健康被害に対応して欲しいです。

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