ABEMA 黒字化から考えるメディア コンテンツを流す「土管」か
「ABEMA」。サイバーエージェントの藤田晋社長が渾身の力を入れて事業化をめざす動画配信サービスの業績に注目してきました。2016年4月のサービス開始以降、毎年数百億円の赤字を計上しながらも、藤田社長は撤退を否定し続けてきました。事業開始から8年間、ABEMAは四半期ベースですが黒字に転換。新聞、テレビはかつての勢いを失い、ネットメディアが台頭していますが、主役はSNS、YouTube。ヤフーやスマートニュースも健闘していますが、コンテンツの多くはテレビや新聞からの転載。ABEMAの黒字転換を切り口に「メディア」を考えてみました。
コンテンツ拡充がユーザーを底上げ
サイバーエージェントの2024年第2四半期決算は誰もが褒めるしかない好決算です。売上高は第2四半期として過去最高の2151億円、営業利益は210億円で前年比12・2%増。8四半期ぶりに200億円を超えました。主力の広告事業は過去最高、ゲーム事業も増収増益。唯一足を引っ張っていたメディア事業のABEMAは四半期ベースで初めて黒字転換したのですから、ケチのつけようがありません。
このうちABEMAを含むメディア事業を見てみます。売上高420億円、営業利益は1・6億円。前年同期から7億円も利益を積み上げました。ABEMAそのものは黒字化していませんが、広告と周辺事業が好調で、ABEMA関連の売上高は前年同期比22・6%増の262億円。月間アクティブユーザーは、前年比1・2倍の2364万。好成績の大きな要因は、大谷翔平選手ら日本人選手が活躍する大リーグ中継のほか、サッカーなどをライブ配信するDZAN、WOWOWと連携し、スポーツ観戦のコンテンツを拡充したことです。
稼ぎの過半は競輪など周辺事業
メディア事業の構成は、番組単位で販売する「ペーパービュー(PPV)」、会員が支払う月額課金、広告、「周辺」に分かれていますが、過半を占めるのが「周辺事業」。稼ぎ頭は「WINTICKET」。競輪・オートレースのインターネット投票サービスです。ネットによる場外馬券と言ったら良いでしょうか。
ABEMAはレースを中継し、ユーザーは視聴しながら投票できます。インターネット投票におけるシェアは周辺事業の38%を占めています。前年同期が27%ですから、1年間で大幅に伸びました。公営競技の市場が非常に大きく伸びており、ネットを介した投票サービスはまだ増える続けるのでしょう。
裏返せば、PPVや月額課金は手堅く伸びると期待できるものの、ABEMA単独で黒字化し、成長するにはまだ時間がかかるとみて良いかもしれません。もともとサイバーエージェントが、メディア事業が年間数百億円の赤字を計上しながらも継続できたのは、「ウマ娘」の大ヒットなどで大きな収益を上げ続けるゲーム事業が支えてきたからです。そこから生み出された利益によって、サッカーW杯や大リーグのライブ中継できる放映権を獲得し、ABEMAの課金ビジネスモデルを拡大してきました。
同じ構図がABEMAとインターネット投票に当てはまります。ネットと映像の相乗効果によって、競輪・オートレースの公営競技を取り込み、メディア事業の収益が改善されればABEMAはコンテンツを拡充できる。この好循環がABEMAを支えるわけです。
独自コンテンツでは稼げない?
もっとも、ABEMA創業時から描いていた事業モデルだったのでしょうか。事業を始めた頃は、さまざまな人材を集め、テレビなど真似できない独自コンテンツを制作し、テレビやSNSの動画を視聴していた若者層の取り込みを狙っていました。事業を立ち上げたサイバーエージェントの藤田社長は赤字覚悟であらゆるといって良いほど幅広い分野のコンテンツをABEMAの店頭に並べ、メディアを支配していた新聞やテレビの牙城を崩す思惑だったはずです。
初めて四半期ベースで黒字転換したABEMAの事業構造を見ると、その思惑は遠のいたと印象です。独自に制作して視聴層を広げ、メディアとして飛躍する可能性に確信を持てません。文字通り「周辺」の事業がなければ、メディアは成立できない。言い換えれば、ABEMAが自立する日は訪れるのでしょうか。
新聞社で育ったためか、メディアとは新聞やテレビなど独自のコンテンツ情報を伝える媒体と捉えてしまいがちですが、DVDやSDカードなど記録を伝える、あるいはメールなどによる情報をA点からB点へ伝える媒介の役目を意味することもあります。ABEMAを見ていると、メディアが事業として成立するためには新聞やテレビを意味する媒体ではなく、情報を伝える媒介の役割を重視せざるを得ないことがわかってきます。
ニーズは特ダネよりも数多くの情報の伝達
「新聞やテレビは土管に過ぎないのか」。こんな議論を新聞社の同僚と居酒屋で繰り返したものです。「これこそが大ニュースだ」と自信を持って他では得られない情報を盛り込んだ特ダネ記事を報道したつもりでも、特ダネよりも数多くの情報を欲している読者が多いのも事実です。紙面や映像は多くの情報を流す「土管」に等しいのかどうか。ABEMAの現状を見る限り、メディアはインターネット投票サービスに支えられた「土管」の役割が大きいことがわかります。