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自動車産業が消える⑧ 「ランクル」が解き明かす自動車の生き残る必須条件

 トヨタ自動車の「ランドクルーザー」がもの凄い人気です。2021年8月に発売しましたが、世界中から注文が殺到し、発売半年足らずの2022年1月ごろには受注残が4年分も山積みされたそうです。生産に必要な半導体が世界的に不足したこともあって受注停止という異例の措置も加わり、少しは納車期間は短縮されたそうですが、注文してから3年は待つのでしょう。誰もが疑問を持ちますよね。3年も待つ車ってあるの?石の上なら苔が生える歳月ですよ!

受注残は3年分!!

 世の中、電気自動車(EV)で沸いているにもかかわらず、なぜ「ランクル」(以下、愛称で呼びます)だけが沸騰するのでしょうか。きっと、その人気を解明すれば、何かがあぶり出てくるはず。自動車が消えずに未来永劫、存在する必須条件とは?こんな難題を解くヒントもわかるかもしれない。

 ランクルのフルモデルチェンジが人気沸騰の主因でしょうか。前モデルと比べて、スマートになりましたが、存在感は変わりません。今人気のメルセデスベンツの「ゲレンデヴァーゲン」と並んでも、どっちが好きか迷うでしょう。

ヒットの源泉は「世界一の安心」

 しかし、ヒットの理由はそれだけじゃない。ランクルはご承知の通り、どんな悪路でもどんな天候でも目指す目的地に向かって走破する無骨なクルマです。無骨という言葉を使いましたが、実は一見、無骨に見える魅力を体現するためには、とても繊細な実験と検証を繰り返す工程が必要です。目に見えない努力と知見。世界のドライバーから「世界で一番安心して運転できる」という信頼を勝ち取ってきた源泉です。

2021年8月の発表概要はこちらのアドレスから

https://global.toyota/jp/newsroom/toyota/35758385.html

 ランクルの月間販売目標は700台。価格帯は510万〜800万円。決して安い車ではありませんし、大量に販売する車でもないです。実際、受注予約内容をみると、販売価格の過半は1000万円を超えているそうです。しかも、トヨタが得意とする中小型乗用車と真逆。デカくて存在感は周囲を圧倒します。車長、全高、車幅は小型トラック並みで、重量は2トン程度。エンジンはV型6気筒ですから、燃費が良いと言っても維持費用は通常のSUVに比べたら負担は大きい。

主価格帯は1000万円

 それでも世界中から注文が殺到する。「割安で燃費が良い。故障も少ない」。トヨタがカローラ、クラウン、プリウスなどで展開したマーケティング戦略を思い出せば、唯一無二の異色の存在です。

 ランクルが誕生したのは1954年。元々は戦後直後の1951年から米国のジープを模した車種を生産していたのですが、当たり前ですが「ジープ」はすでに商品登録されており、車名として使えません。ブランド名を「ランドクルーザー」と改めて発売、一般の利用も想定してモデルチェンジを重ねました。

ランクルの強さは世界で一番信頼できるクルマとして頂点を極めていることです。車の走行性能や大きさを考えたら、狭い日本の道路事情には適した車型とは言えません。3年待っても手に入れたい人気を生み出しているのは、国内外の絶大な信頼感です。高温や砂漠など車として厳しい環境下にある中東やオーストラリア、アフリカでは、ランクル以外に乗らないと明言する人が多数います。

砂漠を走っても安心に揺らぎがない

 私自身、オーストラリア中央部の砂漠を1人でランクルに乗って突っ切った経験があります。気温は40度を超え、ガソリンや軽油を補給するスタンドは砂漠に点在しており、次のスタンドは300キロ以上離れていました。取材目的はアボリジニの人々の暮らしでしたから、特別な許可証が必要。

 許可証取得説明にはこう書かれていました。「車はトヨタのランドクルーザーを使用する。補助タンク付き。スペアタイヤは2本搭載。水は3リットル以上を携帯すること」。砂漠を長距離運転して渡り切る際、パンクや燃料切れは命に関わる問題です。ランクルのタンクは90リットル弱ですから、合計180リットルの燃料を積みます。燃料タンクで半身浴している気分でした。

 道路は当然、泥と土のダート。滑ります。ガードレールや車線などはありません。万が一、横転して火災となったら丸こげ必至。横転しないよう140キロ程度で走行していると、後ろから200キロ近いスピードで追い抜かれ、その車は地平線の向こうでキラッと輝いて車影が消えます。それじゃ自分もと考え直して、180キロで突っ走ったら、横転しそうに。

 でも、ランクルはなんとか手助けしてくれます。怖くもあり、とても楽しい体験でした。それもこれもランクルなら大丈夫という安心感が腰がひけそうになる自分自身を背中から支えてくれたからです。この安心感と信頼を確信してしまったら、選択はランクルしかありません。

ランクル以外買わないと明言する人も

 オーストラリアの砂漠で塩を生産している人の話を聞いたことがあります。猛烈な炎天下で塩にまみれて走るので、ランクルは6ヶ月間しか持たないそうです。安い買い物じゃないですが、「俺はランドクルーザーしか買わない」と明言していました。どんな気候でも、塩で部品が傷んでいても「必ず動いてくれるから」と教えてくれました。

 親しいトヨタの幹部がランクルの耐久試験の事態を教えてくれました。地球上でありえない気温や天候を想定した極限の環境で異常をきたさないかを試験し続ける。経営の視点でみれば、無用と言える試験も繰り返す。「カネがかかるだけだよ」と苦笑していました。「でも、ランクルの信頼を守るためには、やらざるをえない」と真顔で話します。

安全を担保するため、極限の試験を

 日本の道路事情、気候を考えれば、日本でランクルを必要とするドライバーはわずかだと思います。それでも3年待つ人が多数いる。不思議です。

 しかし、人類の進化を考えれば、頷けるかもしれません。食物を探し回り、獲物や野菜などの収穫物を家族のもとに届ける。雨が降ろうが槍が降ろうが、どんな天候でも毎日続けなければ、生命、家族を守ることはできない。それを継続するためには、猟に出てもかならず帰ることが必須です。

 一言でいえば、期待を裏切らない。もし、こういう移動体があれば、なんとなく幸せになれる気分になるはずです。

 ランクルは誰もが安心して移動できる機械なのです。化石燃料を利用するのか、電気を利用するのか、あるいは水素か。それは枝葉末節の問題。まずは安心を提供できるかを第一に考える。

 自動車産業は100年以上も前から絶え間ない技術進化を遂げ、エンジンや走行の性能を極めてきました。これからは電気を使ってモーターを回し、快適な移動、それは地上だけでなく空を飛ぶのかもしれません。でも、かならず100年前から貫かれている「人間の安全を守る」がそこになければいけません。

絶対的な安全を提供するなら自動車は消えない

 ランクルはきっと呟いているでしょう。

 「絶対的な安全を保証できるなら、空を飛んだっって良いんだ。世界中の人は安全を欲している。ガソリンだろうが電気だろうが、どっちでも良いのだ。安全を提供し続ければ、自動車産業は消えない」

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