自動車・不正認証 日本の雇用を守ると言いながら、自ら破壊する悲喜劇
悲喜劇と割り切って冷静に眺めていたら、だんだん不都合な事実が暴かれ、とても笑えない結末を迎えそうです。演目は「型式指定制度の不正認証」、主役は自動車各社の経営者たち。
3年前、550万人の雇用を守る覚悟を
物語の始まりは3年前の2021年1月。日本自動車工業会の豊田章男会長はEV(電気自動車)への移行を急げば、エンジン車で築き上げた自動車産業の雇用を傷めると強調し、日本経済の基幹産業を守る覚悟を表明していました。
それから3年後の2024年6月、国土交通省はトヨタ自動車、ホンダ、マツダ、スズキ、ヤマハ発動機の5社が自動車の量産に欠かせない「型式指定」で不正認証を行なったことを明らかにしました。5社で合計38車種。結構、多いです。トヨタなどの経営トップは認証試験はより厳しい条件で実施しており、「記載ミスに過ぎない。安全性に問題はない」と異口同音に説明します。
今度は国の制度見直しにも言及
ここで1回、笑いを取るつもりだったのでしょうか。国が定めた認証基準と異なる基準で得た結果が、正当な数字として通用するわけがありません。誰でもわかる理屈です。私も学校の試験の成績が悪くても「自分の頭脳はトップクラス」と開き直っていた高校生の頃を思い出しました。自動車各社のトップも無理を承知で弁明したのだと思いますが、国の制度見直しまで言及したのにはちょっと驚きました。さくらと一郎の「昭和枯れすすき」の冒頭「貧しさに負けた、いえ世間に負けた」の一節を思い出したほどです。まあ、ここまでは喜劇として笑って済みそうでした。
しかし、国交省は、型式指定に合格していない車種の量産停止を告げます。当然です。国の制度に異論があるとしても修正されるまでは現行基準に従うのが社会の常識です。トヨタ、マツダ、ヤマハの3社は合計14万台程度が消えます。生産の停止により工場の従業員、部品メーカーなど下請けに悪影響が広がり、生産停止する工場がある宮城、岩手、広島各県の地域経済にも打撃となります。トヨタ「カローラ」「ヤリス」、マツダ「ロードスターRF」「マツダ2」という人気車種が含まれるので、購入を検討していた消費者も困ります。
生産・販売停止の悪影響は幅広く
自動車は日本経済の基幹産業ですから、生産停止はGDPを押し下げる圧力になります。生産停止がGDPを押し下げる率は0・02%程度と予想する見方がありますが、生産や販売、そして購入を検討していた消費者への経済的なダメージはもっと大きいかもしれません。
自動車工業会の試算によると、自動車産業が生み出す雇用は550万人です。日本で働く10人に1人が自動車産業に関わっていることになります。国に納めている税金は15兆円。そして、経済波及効果は2・5倍。自動車生産が1増加すれば、全産業が2・5倍も増加することになります。減産すればどうなるか。自動車生産が1減れば、全産業で2・5倍で減少するのです。
認証制度による不正行為は2022年から日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機のトヨタグループの有力企業で相次いでおり、いずれも生産停止などに追い込まれています。自工会の試算を基に考えたら、新たにトヨタなど5社の不正認証が加わるので、自動車生産、販売の悪影響は日本経済全体にもっと深刻な数字となってボディブローのように広がっていくのではないでしょうか。
記載ミスと抗弁する悲劇
もう悲劇です。「記載ミス、安全性に問題はない」といかに抗弁しても、地域経済や下請けは損害を被ります。トヨタなど自動車各社の経営規模、GDP全体で見れば、地域経済の悪影響はわずかに映るかもしれません。短期的で終わり、長め目で見れば大きな損害にはならないだろう。自動車産業を擁護するジャーナリストの中には「シートベルトのタカタが起こしたリコール問題と違い、安全性に関わらず良かった」と解説する向きもいます。
果たしてそうでしょうか。EVシフトへブレーキを踏み、エンジンの延命に走る日本車各社は、その大前提として550万人の雇用を守ることを掲げてきました。直近のハイブリッド車の人気はトヨタはじめ日本車各社の将来を見通す確かさの表れと礼賛する声も出ています。
結末に涙を流すのは誰?
しかし、その実相は安全や燃焼、あるいは型式指定という自動車の性能を左右する重要な手続きで躓く自動車産業なのです。自動車の基本の基本で滑ってしまうなら、欧米や中国から取り残されているEVが本格期を迎えた時に日本の自動車、経済はちゃんと追い付いていると期待できるのか。不安です
EVにシフトする手前で、守ろうとした雇用や経済に自ら悪影響を与える現状を考えたら、自工会は何を守ろうとしていたのでしょうか。「不正認証が起こるとは予想もしていなかった」と反論するのでしょうか。自分の足元をよく見ずに、とりわけ開発・生産現場で起こっていることを理解をせずに自動車産業の将来を語る経営者たち。この悲劇の結末で涙を流すのは誰か。まさかの悲劇を冷静に観劇している余裕はありません。