内部告発と破壊を変革の力に③聴覚障害を克服するオンテナ、世界を変える日本のディスラプター
ディスラプターというと、どうしても欧米の気鋭経営者ばかりを思い浮かべてしまいます。映画「アイアンマン」のモデルといわれるイーロン・マスクのイメージを強く、どんなぶ厚い壁もグシャとブチ破る強さを投射してしまいます。
破壊者はアイアンマンだけじゃない
果たして、欧米と並ぶディスラプターが日本にいるのでしょうか。親しくしていた米国経済ニューステレビ会社のチーフ・エグゼクティブ・プロデューサーは「日本には孫正義ぐらいじゃないか」と話していたのを思い出します。でも、孫さんは携帯電話会社など巨大ITグループを経営していますが、創業当初から知っているだけに投資家にしか見えません。かつての本田宗一郎や井深大のような世界を驚かす経営者が見当たりません。
そんな勝手にイメージした軽薄なディスラプター像を覆す技術革新と出会いました。
軽薄な思い入れを覆す
「オンテナ(Ontenna)」。60ー90dBの音を256段階の振動と光の強さに変換し、音の特徴を伝達する技術です。音源の鳴動パターンをリアルタイムに変換することで、音のリズムやパターン、大きさを知覚することができます。コントローラーを用いることで、複数のOntennaを同時に制御できるようになりました。2019年、富士通が聴覚障害者の生活を助けるシステムとして製品化しました。
開発者は本多達也さん。函館みらい大学時代に聴覚障害の友人を通して「耳が聞こえない生活」を知り、手話を学びながら聴覚障害が「障害」とならない生活を楽しめる技術開発に取り組んでいます。耳が聞こえないろう者のみなさんやろう学校の生徒さんらと一緒に試行錯誤し、製品化にこぎつけました。
オンテナは多くのろう学校で使用されており、国や民間から数多く表彰され、開発者の本多さんも海外の経済誌などで未来を担う若者として選ばれています。
ろうの人と一緒に使い勝手良く
このオンテナをより社会生活の中で活用するために登場したのが「エキマトペ」。電車の発着、乗り降りの案内などを大きなディスプレーを使い、手話や文字情報で伝えます。JR上野駅のホームで2022年6月から12月まで実証試験されました。
ホーム上はいろいろな出来事が続きます。電車は時刻通りに発着するわけではありません。掲示板の表示より遅れて電車が到着し、到着を告げる駅員のアナンウスが流れます。到着後、乗降客が慌ただしく電車の降車口を出入り、ホーム上は人が溢れます。電車の発車を告げるアナウンスが流れ、乗降客のスピードが速まります。
エキマトペはホーム上で途絶えない電車の発着、アナウンスなどを状況変化に合わせて専用ディスプレー内で駅員による手話や「プルプル〜」といった文字情報で表現し、聴覚障害のみなさんの利用を手助けします。その時の状況を瞬時に伝えます。録画や録音した情報を駅員が操作して伝えるわけではありません。
イーロン・マスクが世界の自動車メーカーに与えた衝撃に比べて小さいと思いますか?心底、NO! 全く遜色ありません。
エキマトペの衝撃は想像以上でした。聴覚障害のみなさんにとって電車の乗降を手助けするだけではないからです。聴覚に障害のない人にとっても、「このディスプレーはなんだろう?」「どんな役割を果たしているのだろう?」とさまざまな疑問と興味が湧き、注目します。家族連れはエキマトペの前で写真を撮ったりもします。電車の乗り降りという何気ない生活の動作が実は、とても注意が必要な行動であり、手話や文字情報が大切な情報として利用されていることに気づきます。
IT技術を身近に、自らの世界も広げ、社会も変わる
バリアフリーという言葉が当たり前の様に使われます。残念ながら、身近なテーマと捉えている人はまだ少数派ではないでしょうか。身体障害はパラリンピックなどを通じて理解が進んでいますが、聴覚障害は一見、障害があるかどうか判断できません。増して耳が聞こえない生活を実感するのは、とても難しい。
オンテナ、エキマトペを開発した本多さんは、大学時代に親しくなった友人らとの経験を通じて技術の洗練度を高めていきます。富士通も事業化に取り組みます。他の事業に比べて、将来の事業規模が上回るかどうかわかりません。しかし、学校教育やスポーツなどの支援を介して聴覚障害に縛られずに活動できる範囲を広げる支援をします。
オンテナの素晴らしさは、お仕着せの製品ではないところです。音を振動や発光で伝える製品の特徴はユーザー自身でプログラムできるのです。本多さんは「自分の好きな色や振動の強さに変え、自分だけのオンテナを作れる」と説明します。自分のオンテナをプログラミングする過程で、今度はコンピューターなどITの世界を楽しむことを覚え、自身の世界、将来をより広める機会になります。
シリコンバレーの若者は「世界を変える」が口癖です。オンテナを開発した本多さんはまさに世界を変えようとしています。迷うことなく日本を代表するディスラプターです。