日野自動車、なぜ不正を選んだのか VWも嵌ったクルマ技術の魔力
まるで三菱電機やみずほフィナンシャルグループ、あるいはドイツのVWの事故調査報告書を読んでいる気分になりました。
日野自動車が排ガス不正試験に関する報告書を発表しました。2022年3月に公表した時は不正開始を2016年秋と説明していましたが、実は2003年以前から不正に手を染めていることが判明。不正な排ガス試験で開発されたエンジンを搭載した車両は5倍近くも増えました。当面、販売できるのは小型トラックだけ。単純換算で販売台数は半減しそうです。国土交通省が実施した排ガスや燃費試験を巡る実態調査についても虚偽報告していたのですから、もう目も当てられません。
不正とわかっても上司には逆らえない
特別調査委員会(榊原一夫委員長)がまとめた報告書によると、排ガス試験は2003年に導入された環境規制から、燃費は2005年に始まった税制優遇からそれぞれ不正が始まっています。手口は単純で、試験方法や燃費や排ガスの数値を改ざんしてデータを捏造しました。不正の背景には上司から受けた指示に逆らえない企業体質があり、許されない不正と知りながらも開発部門や上司に対して反論、修正できない陋習があったと指摘されています。
直近でみても、三菱電機のデータ改ざん、みずほフィナンシャルグループのシステム不良などの原因を究明した報告書とほぼ重なる内容ばかりです。同じ自動車業界でみても、三菱自動車、スバル、スズキなど。海外に目を転じれば、VWのディーゼルエンジンの不正データ事件がすぐに思いつくはずです。
失礼ながら三菱自動車やみずほは、深く根差した組織の疾患を身をもって知っていましたから驚きませんが、VWのディーゼルエンジンのデータ改ざんはショックでした。1980年代からVWの技術、ドイツの部品メーカーの動向は取材していました。ドイツの独自技術に対する誇りは独善的という言葉で表現して良いほどですが、それほど技術に対する完成度と信頼性を徹底して追求していたからです。
技術開発は狂気の世界
技術開発は狂気の世界です。会社一丸となって目標に向かい、現場も頭の中も真っ赤に燃え上がっている時、「できない」と口にできません。しかし、優れた技術者は開発過程を通じて自分たちの可能性と限界がわかっています。不可能を可能にしたように見せようとしたら、どうするか?だからVWでさえも手を出したデータ改ざんが多くの会社で行われたのです。自動車は事故を起こせば、生命を奪う凶器です。データ改ざんは決して許されません。
自動車の強さは技術ではない。経営者の力量です
自動車メーカーの強さを知るキーワードを知っています。技術力ではありません。経営者の力量です。技術の可能性と実車搭載できるかを見極め、どこで妥協するか。会社としてめざす技術と現場の声を天秤にかけ、均衡点を決断するのが経営者です。日野自動車の調査報告書でエンジン開発部門の命令に歯向かえないとする指摘は開発現場の空気を推察すれば当然と肯けますし、なんとか達成しようという血の涙を流す努力を続けたのも想像できます。しかし、それが捏造に繋がってしまってはすべて終わりです。
データ改ざんは1人でこっそりできることではありません。開発や実験に関与した人間はみんな知っています。とりわけチームのボスは自身の責任に及ぶので見逃すわけがありません。そのボスも認め、改ざんを実行するためにはボスのボス、流行語を使えばビッグボスがかならずいます。
日野自動車は2001年にトヨタ自動車が過半を超える出資比率を握り、子会社化されました。以来、トヨタの社長に就任してもおかしくない実力者が社長を歴任しました。「俺は子会社に甘んじているが、親会社を凌駕してみせる」。子会社の実力社長が胸の内に秘めるよくある蛮勇です。それが誤った方向に働いたとしたら、従業員にとって不幸でしかありません。
VWでも激しい権力闘争が繰り広げられる
ディーゼルエンジン不正が明らかになった2015年、VW社長はマルティン・ヴィンターコルン氏でした。VWの大株主で会長も経験した最高実力者のフェルディナンド・ピエヒ氏と激しい権力闘争を繰り広げ、同年4月にピエヒ氏をVWから追い出しました。権力闘争と不正データがどう関連するのかはあくまでも推測の域に過ぎませんが、VWの未来を支えるディーゼルエンジン開発部門にはかなりのプレッシャーがかかっていたはずです。ヴィンターコルン氏はピエヒ氏を追うかのように5ヶ月後の9月、データ不正事件の責任を問われて退任します。
日野自動車のエンジンの不正データ事件は、自動車メーカーならどこでも起こるわけではありません。メーカー本来の技術競争を繰り広げている限りは発生しません。経営の権力争いが始まった時、事件の予兆が現れるのです。