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ホンダ が消える4) EVはジンクスを破るのか、それとも日産の軌跡を辿るか

 ホンダは2020年10月、電気自動車「Honda e」を発売しました。デザインは素晴らしいですね。とても可愛い車体のインテリアには先進的なアイデアが盛り込まれ、気持ち良く移動できるクルマの未来を示しました。2019年秋の東京モーターショーに参考出品された時、ホンダの展示会場で輝いていました。そのオーラを残したまま、登場しました。発売は限定1000台。もちろんすぐに完売。部品などの手配などが足かせになり、限定販売になったそうです。

 そうです、ホンダの場合、話題の新車は迷ったら手遅れ。即決しないと手に入れられない。う〜ん、なんとなく既視感があります。当初の人気は高いけど、生産に余力がないので息が続かない。人気のピークを過ぎるとメーカー側の気力が萎えてしまっている。志の高さに惚れ惚れするんですが、そろそろ購入できるかなと思える時期にモデルが終了する。消費者をどこかに置いてきぼりにしてしまう。何度も繰り返されると、ホンダの新車戦略のジンクスかなと勘違いしちゃいます。

新車開発がかつての日産と重なってしまう

ユニークなクルマは尖った個性が前面に出るため、お客さんは限られ大量販売を前提にしていないものです。その代表例が1980年代に相次いで登場した日産自動車の「Be-1」です。あとに続いた「パオ」「フィガロ」の2車を加えた3兄弟は「パイクカー」と呼ばれ高い人気を集めました。Be-1を初めて見た驚きは今でも忘れません。神奈川県厚木市にある日産の技術研究所を訪れ、所内を歩いていたらプラスチックで成形したかのような可愛い車がありました。「トヨタのパブリカでもないし、VWのビートルでもないし・・・」と思い、「あの車はなんという車ですか」と研究スタッフに尋ねました。「社内のデザインナーたちがこんな車が出来たら良いなと考え、作ってみたものです。まだ発売できるかどうかわからないですけど」との答でした。

当時の日産は「スカイライン」はじめ走行性能の優れた人気車種を輩出していましたが結局はトヨタの販売力にかなわず、新車戦略は蛇行していました。なんとか売れる車を開発したいと躍起になるのですが、候補となるクレイモデルが役員らの前に出されると「これがダメ、あれも直して」とも意見が続き、最後は提案したクレイモデルと異なる車になっていたというエピソードがあったほど。

 しかし、当時の開発担当が園田善三副社長であることが幸いしました。園田副社長は日産の官僚的な役員とは違い、人当たりはとても優しいのですが技術に関しては貪欲な魂を持ち、開発現場の思いを大事にする人でした。楽しそうに笑顔で話すクルマへの想いは「技術の日産」とはこのように継承されるのだと感じ入ったものです。

そしてBe-1は実車として登場、大ヒットします。しかし、販売は1万台の受注生産で終了。「Be-1をあのまま継続して販売されていたら大打撃を受けた。やめてもらって良かったよ」とトヨタの役員が明かすほど脅威と映っていました。Be-1に続いてパオ、フィガロと同じコンセプトの新車が投入されましたが、ベースとなる基幹モデル「マーチ」を中心にした小型車販売を底上げできずフェイドアウトしました。

 ホンダの物語が途中から日産の話に入れ替わってしまいそうでしたが、最近のホンダを描き続けると日産がこれまで歩んできた道とどうしても重なってくるのです。ホンダの人気車種の歴史を見ても、1980年代に大ヒットしたシティはまるでBe-1そっくり。シティはトールボーイという新しいデザインを確立しました。現在の軽市場の7割を占める背が高くて社内空間が広い「ハイトワゴン」と呼ばれる需要の可能性を発見した先駆けです。ブルドックのイメージに似せてターボを搭載した個性的なモデルを追加投入するなどデザイン面でも欧州車に負けない突っ張った強さを併せ持っていました。しかし、ホンダの社長ら開発担当役員らは「シティは車じゃない」と言い切ります。1986年のフルモデルチェンジを機会に普通の小型車に戻ってしまい、今や中古車店で時々見かける程度です。

 日産ファンの間では「一番良い車は初代モデル。フルモデルチェンジを重ねながらダメになる」と言われていました。上級車「セドリック/グロリア」はトヨタの「クラウン」とは違って走る楽しさとゴージャス感を兼ね備えたシリーズでしたが、クラウンに負けずに売ろうと手を入れているうちに妙なクルマになってしまい、消えてしまいました。ホンダの小型車、上級車シリーズのモデルチェンジを振り返れば、まるで日産の軌跡を指でなぞっているようです。

最近ではホンダらしい個性が尖った新車開発を呼び戻そうと誕生したのが「S660」。ホンダの開発部門であるホンダ技術研究所の設立50周年を記念して提案を募集して開発され、2015年に登場しました。累計販売は3万台を超えたそうです。しかし、今後の各種規制に対応できないとの理由で2022年3月に生産終了します。ホンダの軽スポーツカーは1991年に発売された「ビート」があります。発売直後に試乗したことがありますが、とても楽しい乗り物でした。試乗会場は二輪車がメインのイベントでしたが、発売直後のビートに乗ってしまうと面白すぎてハンドルとギアシフトを手放さない人が続出。同席していた開発担当の入交昭一郎副社長が「二輪車を試乗して欲しいので、ビートの試乗はこれまで」と苦笑いしながらストップするほどでした。残念ながらS660は試乗したことがありませんが、街中で運転している人の表情を見ると、皆さん楽しそうです。走るだけではなく信号で止まるのもうれしいみたいです。

 S660のターゲットはニッチマーケットです。軽ミッドシップのスポーツカーで事実上ひとり乗りです。ドライバーだけが快感を覚えるクルマといえるかもしれません。しかし、走っている姿は路上でもすぐにわかり、コモディティー化したクルマ市場の中で走る息遣いを共有できる移動体です。

ニッチなクルマしか世に送り出せないのか

 ホンダの開発はニッチマーケットを狙った車の積み重ねだったかもしれません。それはトヨタや日産がおいしい中小型車のマーケットをしっかりと押さえているため、後発で販売力が弱いホンダが対抗するにはまずは話題を集めるクルマを投入するしかなかったからでしょう。しかし、それぞれのクルマが糸を紡ぐように相乗効果を生んでホンダのお客さんを広げる総合力につながりません。ホンダの販売担当がよく口にしていました。「ホンダは一升枡(ます)と言われるんです」。お酒を枡に注いでいくと、一升を超えると枡の縁から溢れ出る。ヒットする車を生み出しても全体の販売量の上限は決まっているのだと。「ホンダを購入するのはホンダファンだけ」。こんなジンクス、あるいは呪縛がまだ続いているのでしょうか。

 さてHonda eです。公式ホームページでは走行可能距離は300Km程度のようですが、試乗記事を読んでいると実用レベルでは180Km程度のようです。キャッチフレーズが「人のココロとつながるクルマ」となっていることから分かるようにガンガンに走るロングドライブを想定しておらず、街中をストレスなく走ることを提案しているように見えます。価格は450〜500万円の範囲ですから、補助金最大66万円程度を差し引いても実売価格は400万円程度はなるのでしょうか。小型車の価格としては割高です。手軽に購入できる水準ではありません。走行距離や充電チャージ基地などガソリン車に対する弱点を考慮すれば、人気の「ミニ」を購入した方が良いと判断する人が多いかも、ですね。

 こうした反応をホンダは十分に承知して発売しているはずです。HONDA eは将来の電気自動車のマーケットを探るミッションを背負っているわけですから、走行距離でガソリン車と競う気持ちは最初からありません。むしろこれからのエコ社会に必要とされ、どう作り上げていくかに挑戦している思いでしょう。ホームページにはちょっとしたゲームがアップされています。都市空間を自由に移動するシティコミューターを体験するものです。限定販売から本格的に販売する次のモデルは、自らを走る空間をどう表現するのか期待したいです。

 心配の種はまだ残ります。ホンダに根深く浸透した大企業病です。大企業病なんて死語と思うでしょうね。しかもホンダはソニーと並ぶ戦後生まれの若い会社のイメージを持たれているはずです。しかし、ソニーが直面したようにホンダも傍目で見る以上に保守的な会社になったのです。私はソニーもホンダもかなり深く取材した記者ですが、共通しているのは「批判されるのは嫌、ほめてくれないとうれしくない」という感情を露わにする社風です。それりゃそうですよ。井深大、盛田昭夫、本田宗一郎の3人は戦後史に名を残す名経営者です。日本のイノベーションの先駆けです。ほめることが悪いわけではないですが、完全な会社はあり得ません。時には耳が痛いことを聞く余裕がないと、と思うのは新聞記者だから?

 自動車業界に精通する日産のある幹部がポロリと明かしてくれました。業界を挙げて電気自動車プロジェクトとして充電のインフラ作りを進めていたが、「ホンダは何かを決めるようとすると本社に聞いてみないと決められないとの答ばかり。日産よりも官僚的な組織とは思わなかったよ」と苦笑していました。同じセリフは旧通産省でも聞いたことがあります。東京電力のことを取材していたら「通産省は東京電力ほど官僚的ではない」との答が何度もありました。まさか東電並みとは思いませんが、日産並みでもかなり深刻です。

 社会的なブームを巻き起こすヒット車を生み出す力を持ちながら、ロングセラーとしてなぜ進化できないのか。会社の寿命は30年という仮説があります。ホンダも創業から70年以上も過ぎました。どこに病巣があるのかを探るにはホンダの強さと弱さの真髄に改めて迫る必要があります。まずは歴代社長の系譜から少しは理解できるのではないでしょうか。

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