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JSR、革新機構・買収を機に業界再編へ 国策でしか守れない?最先端技術の脆弱性

 フォトレジストといえば、日韓の輸出規制騒動を思い出します。2019年7月、日本政府は安全保障の信頼関係が損なわれたことを理由に、韓国に対して半導体などの製造に必要な3品の輸出基準を厳格化しました。フッ化水素、フッ化ポリイミド、レジスト(感光材、フォトレジスト)です。いずれも日本が世界で高いシェアを握っており、このうちフォトレジストは韓国が輸入する9割程度を日本製が占めていました。フォトレジストは高精細な半導体回路を焼き付けるうえで欠かせない素材です。半導体やスマホが主力産業の韓国にとって輸出規制はかなり強烈なボディーブローになりました。

フォトレジストは日韓の輸出規制の対象

 産業革新投資機構が6月26日に買収を発表したJSRは、フォトレジストの最大手。調査会社によると、日本の5社が世界シェアの9割を握っており、JSRと東京応化工業がそれぞれ26%を占め、信越化学工業、住友化学、富士フィルムと続きます。

 驚いたのはJSRの社長発言。買収提案受け入れを正式に取締役会で決定した後、記者会見したJSRのエリック・ジョンソン社長は業界再編を主導する考えを示しました。新聞やネットによると、まず買収受け入れによる非上場化を選んだ理由を「巨額の投資によって国際的な競争力を担保する必要があった。長期的な成長力を維持するための判断」と説明。続いて「業界の再編を先導し、研究開発を効率化して規模を拡大することで長期的に国際的な競争力を維持できるようにしていきたい」との考えを明らかにしました。

 国の支配下に入った企業が民間企業の買収などでフォレジスト産業を再編すると強調したのです。国に頼らずに企業自らの意思で経営、成長するのが王道と考えてきただけに、事実上の国策会社が民間を飲み込む構図には違和感を抱きます。

JSR社長は業界再編に意欲

 もっとも、業界再編は意欲だけといいます。現在は新たな買収提案は影も形もないが、「他社からオファーがあれば、検討する責任がある」と業界再編への意欲を少しだけ弱め、軌道修正しました。

 元新聞記者の性のせいか、記者会見の内容を額面通りに受け止められません。

 まず、買収提案を正式に受け入れた直後に、なぜ他の企業との業界再編を口にしたのか。JSRは業績に山谷はあり、経営基盤は決して盤石ではありません。しかし、半導体不足の追い風を受けて生産に必要なフォトレジストなどの基本素材は世界的な需要増が期待され、今後も右肩上がりで伸びるのは確実です。シェアは3割未満とはいえ、最大手の位置に立つ企業です。先行きの見通しは暗いわけではありません。

 すでに海外から買収攻勢?

 すでに海外企業による買収の動きがあったのではないしょうか。産業革新投資機構の投資スタンスを考えれば、十分に可能性はあります。前身の産業革新機構の時代からエルピーダ・メモリーやルネサスエレクトロニクスなど経営不振の半導体大手を支援しており、現在もスタートアップなどベンチャー企業に投資する一方、日本政府として守りたい企業は巨額投資してでも救済するというものです。

 JSRの場合、経営が窮地に追い込まれて救済を求めたケースではありません。ただエルピーダ・メモリーやJOLEDなど巨額資金を投じた支援先の経営破綻を教訓に、先手を打ったと考えれば納得できます。JSRなどフォレジストを支配する日本勢を切り崩す買収攻勢が始まる予兆があったのかもしれません。

 半導体産業の育成に全力を投入する韓国や中国はフォトレジストの技術開発にも力を入れており、世界シェアの9割を握る日本企業の優位性が今後、揺らぐ可能性は十分にあります。今回の買収でJSRは株式上場から非上場へ変わり、買収される恐れは消えます。中長期的な投資だけでなく、まずは外部からの攻勢をかわしたいという思いが引き金となった気がします。

革新機構による業界再編は成功するのか

 もうひとつ疑問です。JSRの背後に立つ産業革新投資機構が主導する形の業界再編が成功するのか。前回の原稿でも触れましたが、半導体関連で機構が支援するルネサスエレクトロニクス、ジャパンディスプレー、JOLEDはいずれも主要企業の事業を統合した「日の丸プロジェクト」です。国が支援を表明して業界再編したわけですが、JOLEDは2023年3月に経営破綻。ジャパンディスプレーは黒字の目処が見えず、ゾンビ企業と揶揄されています。ルネサスは息を吹き返し始めていますが、かつての輝きを取り戻すことよりも存続することが期待されているのが現況です。

日本の半導体の脆弱さも炙り出る

 さらに、そして最も心配な点は「政府が支援しなければいけないほど日本の半導体産業は脆弱なのか」。JSR社長が記者会見で業界再編を口にするほど急を要しているのか。フォレジスト市場の大半を握る日本の5社は経営規模で違いがあるとはいえ、自力で研究開発や生産などに投資する余力がないのでしょうか。意図したのかどうかはわかりませんが、産業革新投資機構によるJSR買収は、図らずも日本の半導体関連企業の経営の弱さを炙り出す結果となりました。

 経済産業省が最近まとめた「半導体・デジタル産業戦略」によると、2030年には半導体関連の売り上げを15兆円にまで引き上げる構想です。現在の3倍。かなり野心的な構想です。しかし、JSR買収の背景を斜め読みするかぎり、日本の半導体産業の脆弱性が浮き彫りになり、構想を実現するほどの実力はまだまだ不足しているのだと痛感してしまいます。寂しいですね。

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