経団連会長に日本生命 製造業の指定席は金融へ「ものづくり日本」の終焉も告げる
「次の経団連会長に豊田章男さんはどう?経団連をおもちゃ代わりにすれば、トヨタも助かるはず」。ちょうど1ヶ月前、ある経産省筋が真顔で霞ヶ関で飛び交う噂を教えてくれました。トヨタ自動車の豊田会長は最近、評判が芳しくありません。もともと大好きなモータースポーツにさらに熱中しているうえ、「下請けいじめ」など系列取引に関する率直すぎる言動から「生来のおぼっちゃま」丸出しとの批判が広まっていました。
「おもちゃ代わりに豊田会長は?」
経団連会長は財界総理と呼ばれています。しかし、最近はその地位は怪しくなっていました。現在の十倉雅和会長がさまざな政策提案などを発言しても注目度、影響力いずれも今ひとつ。成長が止まった日本経済を反映してか、経団連の存在の軽さだけが目立ち「次期会長に積極的に手を挙げる人物はいないのではないか」と心配する声も聞こえていました。
経済・政治に精通する霞ヶ関官僚のみなさんはさすがです。それなら、いっそのこと日本最大の製造業であるトヨタ自動車の創業家出身である豊田会長を経団連会長の座に据えれば、すべて「三方よし」。多少ギクシャクした発言でも日本経済に大きな影響を与えることはないですし、むしろ注目度は増すかも。次期会長の選択に悩むこともない。電気自動車(EV)への移行のみならず「系列・下請けいじめ」など経営課題に直面するトヨタにとっても、「裸の王様」を担ぐ負担が軽くなる。こんな読み筋だったようです。
解説を聞きながら、「なるほど」と思わず納得しそうになりました。直近のトヨタの株主総会でも豊田会長の取締役としての支持率は7割を超える程度。14年間、日本を代表する企業のトップとして活躍した経営者に対する評価としては低いとしか言いようがありません。霞ヶ関の読み筋はおもしろいですが、「さすがにそれはちょっとギャンブル」と苦笑するしかありませんでした。
むしろ、経団連の存在の軽さを霞ヶ関も痛感していることに再び苦笑してしまいました。
製造業の活力が衰退した表れ
1ヶ月後の2024年12月に入り、経団連の次期会長が日本生命の筒井義信会長が就任することが発表されました。十倉会長が2025年5月に任期満了を終えた後、就任します。かなり異例の人事です。経団連会長は歴代、製造業を代表する企業から選出される指定席。金融機関からは初めてです。
金融機関出身の会長人事は日本経済の牽引役の交代を意味しているのでしょうか。経団連会長の初代は石川一郎日産化学工業社長。以来、東芝、新日鉄など日本を代表する製造業を軸に会長は選ばれてきました。
自慢話のようで恐縮ですが、初めて経団連会長を取材した人物は新日鉄の稲山嘉寛会長。その後、幸運にも東京電力の平岩外四会長、トヨタの豊田章一郎会長、新日鉄の今井敬会長、トヨタの奥田碩会長、キヤノンの御手洗冨士夫会長、住友化学の米倉弘昌会長、東レの榊原定征会長、日立製作所の中西宏明会長と歴代会長にお会いする経験を持つことができました。
現在の十倉会長も住友化学会長です。順当に考えれば、日本製鉄、トヨタ、ソニーなどから次期会長の選択があってもおかしくありません。ところが、今では残念ながら、製造業で世界に発信できる日本企業はソニーなど数えるぐらい。見当たりません。
日生は積極的なM&A
日本生命は違います。世界へ飛び出しています。経団連会長人事が発表される直前の12月11日、米生命保険のレゾリューションライフを買収すると発表しました。買収額は約82億ドル。日本円で約1兆2000億円。日本の保険会社としては東京海上ホールディングスを抜き、過去最大の買収案件です。2024年に限っても、介護大手のニチイ学館を2100億円で買収したほか、米保険大手のAIG傘下のコアブリッジ・ファイナンシャルに約38億ドル、6000億円を投資して株式の20%を取得しています。人口減の日本に踏みとどまっていては成長できないという危機感が積極的なM&Aに走らせています。
「ものづくり日本」。戦後、昭和を通じて日本の強さを象徴するキャッチフレーズでしたが、ついに終幕の時を迎えたのでしょう。歴代会長の取材が懐かしい思い出となること自体が、日本の製造業の栄光が遠くへ去ってしまった証です。個人的には寂しいですね。