キリンとKIRINと麒麟①夢は現実になるか、飲料と健康の世界企業へ
キリンホールディングスが2023年4月末、オーストラリアのブラックモアズを買収すると発表しました。同社はサプリメントなどの健康食品事業をオセアニア、アジアで展開しています。キリンはかつてはビールのシェア5割を握る巨大飲料メーカーでしたが、若者のビールなどのアルコール離れで本業の伸びは期待できず、経営の主軸として医薬や健康関連食品を新たに加え始めています。豪企業の大型買収はその一手に過ぎません。主導役はキリンホールディングスの磯崎功典社長。ビールなど本流を歩まない経歴から過去のしがらみに縛られない経営に挑んでいます。道半ばともえいるキリンの企業変身。食品メーカーが直面している事業改革の参考になるはずです。
キリンはブラックモアズを8月に完全子会社にします。買収総額は約1692億円。ブラックモアズは1932年、乳製品王国のオーストラリアで創業。サプリメントや粉ミルクなど健康食品で高いブランド力を持っています。オーストラリアのみならずシンガポールをはじめとする東南アジア、韓国、中国などに進出しており、キリンは買収によって健康食品関連事業でまだ手が届いていない地域を補強する形になります。5年内に10億人以上のマーケットを手中に収めることができるとしています。
キリンは今、プラズマ乳酸菌
キリンが「ヘルスサイエンス」と呼ぶ健康関連食品の売り上げは2022年度で1000億円程度です。売上高2兆円を超えるキリン全体で眺めれば、まだ「その他」の事業領域です。売り上げの過半はビールやスピリッツ、飲料など。同社の歴史を振り返るまでもなく、当然の業容です。
ただ、主力のビール市場は若者のアルコール離れが加速しており、1994年をピークを減少傾向を辿っています。キリンも含めて他のビールメーカーは第三のビールはじめスピリッツ、クラフトビールなどを加え、アルコール事業の再構築に努めていますが、アルコールにしがみついていたらとても自社の未来の夢に酔える現況ではありません。
ここ数年、キリンは海外の機関投資家から企業収益をより高めるため、ビールなどに比べ収益率が低いヘルスケア事業の分離・売却を求められていましたが、磯崎社長が強く反論し、健康食品関連に注力し続けるのは将来の成長余力を育てる必要があると判断しているからです。
健康関連食品は2倍に増える可能性
キリンの読みはこうです。世界的な高齢化社会の到来や健康ニーズの高まりなどから、日本国内の健康関連食品の市場規模は現在の2兆4000億円から2倍近い4兆1000億円まで拡大する。事業基盤の拡充は先手必勝が鉄則。2019年にはファンケルに1293億円を投入して株式議決権3割を取得する資本提携を実現。新たなサプリメントや販売網を手に入れる一方、キリン自身が商品開発してきた「プラズマ乳酸菌」を加速しています。
キリンの磯崎社長はもう10年以上も前から健康関連食品を説明する際、「プラズマ乳酸菌」のフレーズを強調、言い忘れることがありません。プラズマ乳酸菌のメカニズムは免疫機能を高める「pDC」に働きかけ、免疫細胞全体を活性化、カラダの防御システムを強化するものです。
プラズマ乳酸菌の源はビールの発酵技術
免疫研究はビールを生み出す酵母など発酵技術を源としており、35年以上も前から続けています。その成果としてプラズマ乳酸菌が発見され、2017年に誕生したのが「iMUSE」。今や、キリンのテレビCMなどではビール「一番搾り」よりも多く露出している印象すら受けるほど一生懸命に広告宣伝している商品です。このiMUSEのウリである「プラズマ乳酸菌」は2週間以上摂取し続ければ、安定して免疫が維持されるというのが謳い文句です。
社名キリンの語源である麒麟は、中国神話に登場する動物です。「麒」が雄で「麟」が雌を表し、「麒麟」という表記で雌雄同体を意味します。 鳥の頂点に立つ鳳凰と比べられる無双の動物だそうです。現在のキリンにとっては、アルコールと健康、ある意味コインの表と裏の関係にある事業を一体化して自身の新たな未来を創造する躍動力を表していると見て良いでしょう。
というのも、ビールや日本酒、ウイスキーなどアルコールは健康を害する悪役のひとつと数えられる食品。これに対し健康関連食品は、健康を促進する良い役割を担うといわれています。悪役と善人役が一体となる。他のビール会社を見ればわかりますが、できそうでできない離れ業です。
なぜ石橋を叩いて渡る会社が離れ業に挑むか
キリンはトヨタ自動車と並んで「石橋を叩いて、叩き壊すまで安全性を確認しないと渡らない会社」でした。それが、どうしてこんな離れ業を挑むことができるのでしょうか。
その謎を解くキーワードは3つです。キリンが世界のKIRINをめざし、その結果が「麒麟」をめざさなければ食品メーカーとして生き残れないことを悟ったからです。夢は実現するのでしょうか。