通産省の「負の遺産」がまだ蠢いている 東芝だけが一身に負うのか
やっぱり東芝は注目に値する会社です。経営トップのガバナンス問題から始まり、物言う株主と日本で呼ばれるアクティビストの対応、半導体を巡る国家プロジェクトなど日本が直面している問題を次々と私たちの目の前に提示してくれます。皮肉ではありません。日本の経済と産業を支えた名門企業である証しです。
今回は株主総会をめぐるアクティビストについてです。東芝は6月10日、2020年7月の株主総会の運営について調査した弁護士から報告書を受け取ったと発表しました。報告書はアクティビスト(物言う株主)に対し、東芝が経済産業省と緊密に連携して対応したと指摘。一部株主は圧力を受けて議決権行使をしなかったそうです。株主総会は「公正に運営されたものではない」と結論づけました。その一例として当時大株主だった米ハーバード大学の基金運用ファンドはこの総会で議決権を行使しなかったそうです。報告書は同ファンドに経産省の元参与が接触したと明示しています。「東芝から経産省参与への直接のやりとりは認められない」としながらも、両者のメールから、経産省幹部を通じて「経産省参与に対して交渉を行うことを事実上依頼した」と認定しています。
かつての行政指導がゾンビのごとく息を吹き返していた
久しぶりに行政指導という語句を思い出しました。さすが死語になったと思っていましたが、事実上ゾンビ企業寸前にまで追い込まれた東芝を舞台にゾンビとして復活していたようです。マイケル・ジャクソンのミュージックビデオを頭に思い浮かべてください。
1981年1月7日付の日本経済新聞一面に「政府とは何か」という連載企画が掲載されました。高い評価を集めた連載でした。新聞業界でいう正月企画ですから、思いっきり刀を振りかざしています。キャッチコピーも『鉄鋼行政、「法律なき指導」にメス』です。記事では鉄鋼業界の行政指導の現場を再現しています。ちょうど40年前のエピソードです。関係者に取材すると、異口同音に「通産省の人間が飯を食いながら、独り言を話していただけ」と答えます。指令でもお願いでもありません。官僚は特定の業界首脳が周囲に座っているにもかかわらず、問わず語りするのです。普通の人には理解できません。米国も日米貿易摩擦が過熱した際、この行政指導を批判しましたが、日本政府は「独り言」を非難されてもというスタンスを貫いていました。
日米貿易摩擦は戦後、繊維、鉄鋼、自動車、半導体など日本の基幹産業を相手に繰り広げられましたが、1990年代に日本経済のバブルが弾けて以降は米国も衰退する日本企業を相手に喧嘩をする気が無くなったのでしょう。行政指導という言葉が飛び交う機会がほとんどなくなりました。
安倍政権は経産省のあやつり人形だったのか?
しかし、今も40年前の空気が霞が関と日本の産業界に残っていました。だからこそゾンビが思いがけなく世間の前に復活したのでした。背景には通産省から経産省へ変わりましたが、安倍晋三首相のもとで「通産省」はその立て看板をどんどんと大きくしていたのです。安倍首相の最側近の今井氏は経産省出身でその豪腕ぶりに経産省内でもやりすぎとの声が出るほどでしたが、経産省出身者は「批判はされるが、今井君は経産省のためによくやってくれている」と容認していました。言い換えれば、行政指導という過去の手法を使わなくても、陰に陽に安倍長期政権のもとで経産省の意向は日本を代表する企業に伝えわる土壌が復活していたのでした。
東芝の事例はまさに「通産省のご威光」がまだ通用する産業に属していたからこそ起こったことです。電子機器、原子力など発電所など日本経済を支えるインフラに深く関わっている企業です。しかし、最近は成長力には?が常についてまわります。だからこそアクティビストの標的になるのでしょう。政府に頼る企業には叩けば埃が出てくるかもしれないと思う人が居ても不思議ではありません。
東芝は一例に過ぎないのでしょうか。経済の安全保障の掛け声のもとで半導体などで政府と産業界が一体となる日の丸プロジェクトが相次いでます。成功するかどうかは別の原稿で書き込みますが、ここで断言できるのは40年前の空気が飛び散っていない限り、日本の産業界は世界のイノベーションから取り残され続けるだけの結果しか待ち受けていないことです。