三菱重工 旅客機生産できず負債6413億円を清算 製造業再生の精算も
三菱重工業が小型旅客機「三菱スペースジェット」の開発・生産に投じた事業を清算しました。負債総額は6413億円。政府が支援した国家プロジェクトとして1兆円を超える巨額資金が投じられましたが、度重なる設計変更や型式証明の取得に失敗し、予定した納入期は何度も延期。開発は2020年に凍結され、3年後の2023年に中止決定されました。三菱重工はすでに特別損失として処理しており、業績への影響は軽微としていますが、「YS-11」以来の悲願として開発に執念を燃やしたのも事実です。日本の製造業衰退の予兆と受け止め、残された教訓をしっかりと精算する時です。
1兆円の国家プロジェクトが失敗
三菱重工が清算するのはMSJ資産管理(東京・千代田)。小型旅客機の開発を担当した三菱航空機の清算会社です。7月4日、東京地裁に特別清算を申し立てました。
三菱スペースジェットは2008年、国産初のジェットエンジンを搭載する小型旅客機として開発が始まりました。戦前、零戦などを生産した三菱重工にとって、絶対に成功しなければいけない社運を賭けたプロジェクトでした。2013年の納期を計画していましたが、戦後途絶えた飛行機産業の経験不足もあって設計変更や型式証明に戸惑い、途中から米ボーイングなどから経験豊富な海外のベテラン技術者を加えましたが、計画は足踏み状態から抜け出せません。開発投資も1500億円を見込んでいましたが、1兆円を超えてしまいます。
失敗の要因は数多く指摘されています。旅客機の製造経験が無いにもかかわらず、日本の製造技術は優秀と信じ、海外の知見やアドバイスを素直に取り入れなかったこと。旅客機の飛行に欠かせない型式証明の知識不足から認証取得の作業に右往左往し、大きく遅れをとったこと。小型旅客機の仕様は当初、需要が伸びると期待された90席の想定しましたが、航空産業の労使協定の変更で70席に変更せざるを得なくなったこと。言い換えれば、世界の業界動向に疎い素人だったのです。このほか、まだまだあります。
自らの実力を勘違いし、挑んだツケ
要約すれば、日本の製造業に旅客機を開発、生産する実力がなかったのです。しかし、日本の製造技術、経験は世界でトップクラスと勘違いし、軌道修正しません。例えば大型旅客機の生産には300万点の部品が必要です。日本が世界最強と自負する自動車産業は3〜5万点。100倍も違います。それだけ部品を調達するメーカーも増えるわけですから、部品を世界から集め、組み立てるサプライチェーンの大きさ、運営の難しさは自動車の比ではありません。三菱重工は開発工程での失敗、頓挫を数多く経験しながら、この欠陥に気づきましたが、あまりにも遅すぎました。
旅客機開発の失敗は三菱重工だけの問題ではありません。1970年代から世界一位といわれた製品は次々とその地位を奪われています。鉄鋼、造船、電機、半導体のみならず、自動車も危うくなっています。韓国、台湾、中国などが日本の製造技術を学び、あるいは真似て安価な製品を送り出し、シェアを奪われたと説明する向きもありますが、果たしてそうでしょうか。
根底には三菱重工と同じ病巣があります。世界の流れから取り残され始めた事実に気づきながらも、「日本は大丈夫」と根拠なき自信を捨てることができない事です。三菱重工のスペースジェットは、欧米との格差が歴然としていただけに、明確に問題点が浮き彫りになっただけ。日本の製造業に示した教訓も、とてもわかりやすい。これだけは幸運だったかも。
過信を捨て、新たな挑戦を始める時
旅客機開発の失敗は氷山の一角に過ぎません。日本の製造業は三菱重工が帳消しにした6413億円をはるかに上回る負債を今、抱え込んでいるのです。今は可視化できていませんが、いずれはっきりと目の前に姿を現します。今すぐ、目を凝らして世界を見渡し、新たな挑戦を始める時です。