モビリティの時代 トヨタと日産 あえて描かず、それとも描けず EVで塗り替えただけの未来図
「お伝えしたいのは、多様性にあふれるモビリティの未来です」。ジャパン・モビリティ・ショーのプレスデー初日、自動車メーカーの先陣を切ったトヨタ自動車の佐藤恒治社長は開口一番、こう切り出しました。いやあ正直、あまりの率直さに驚きました。佐藤社長は続けます。「人の数だけ、多様な価値観、多様なニーズがあります。未来は、誰かに決められるものではなく、みんなでつくっていくもの」
未来はみんなでつくる
発言の趣旨はトヨタのテーマは「Find Your Future」の説明。そう理解しているつもりですが、世界から背中を押されるように押し付けられる電動化に対するトヨタの答に聞こえてしまいました。欧米や中国の自動車メーカーがエンジン車から電気自動車(EV)へ急速にシフトした結果、日本勢はEVで取り残された印象です。世界一の自動車メーカー、トヨタはハイブリッド車を軸にしたマルチパスウェイ、言い換えればEV一本に絞らず、エンジン、ハイブリッド、EV、燃料電池の多様なエネルギーを使い、脱炭素をめざす車作りを訴えています。佐藤社長の口から出るのは「多様性」を意味した言葉ばかり。現実の社会は一つの正解で収まるものではないと説いているかのようでした。
キーワードは多様化
しかし、トヨタが唱えるのは、多様化への準備だけ。佐藤社長は3つの未来を提示しました。第1番目は「バッテリーEVと暮らす未来」です。地球温暖化に対応するとともに、「EVの運転の楽しさ、走りの味」も体験してほしい。そして「クルマ屋らしいバッテリーEVをつくる」。豊田章男会長が好きな言葉「クルマ屋」を使い、自動車のことを愛している人間はEVを電気で走る車とは考えない、EVにも車の魅力がなければならないと言いたいのです。
第2番目は利用方法の多様化。車はユーザーの要求に合わせて自由自在にカタチを変える乗り物として「IMVゼロ」と呼ぶコンセプカーを展示し、トヨタの未来を説明します。例えば、畑で収穫した野菜や果物を運んだ車は、街に到着したら直売所に変身。時には昼はコーヒーショップ、夜にはバーにも。第3番目は「人と社会をつなぐモビリティ」。トヨタは工場現場で多様な部品を運ぶ運搬車を「通い箱」と呼び、そこから考案したコンセプトです。平日は配送ドライバーを務めるが、休日はキャンプなどを楽しむ。仕事でも日常生活でも多様なライフスタイルを支える移動体です。
提示する未来はすでに現実に
「クルマの価値をつくりあげるのは、お客様一人ひとり」と佐藤社長は強調しますが、自身の車の使い方も含めて振り返ってみてください。もう実践しているはずです。本屋さんの自動車雑誌の棚にはキャンプなどアウトドア向けのカスタム仕様のアイデアで溢れています。続けて「アプリでクルマの中から買い物ができたり、マニュアルモードで走りの味を楽しんだり。駐車した後はエネルギーグリッドモードで電力を融通して社会の役に立つ」と未来図を説明しますが、こちらもすでに多くの人が実践済み。
トヨタが描く未来で足りないのは電動化だけ。人工知能などの活用はまだですが、それは技術の問題。トヨタが目指すマルチパスウェイの未来は現実社会で当たり前のこととなっており、未来ではありません。
トヨタの胸中には、もっと凄い未来図が描かれているのかもしれません。あえて提示しない選択を下したとも考えられますが、静岡県で進めていた「ウーブンシティ構想」をみてください。自動運転などを近未来を先取りする都市を目指しましたが、今や頓挫寸前。トヨタがEVを主役にした未来図が描けるとは思えません。
世界一のトヨタがこのスタンスなら、国内第2位の日産自動車はどうか。EVで先行しており、自動運転でも先頭を切っていると自負しています。プレスデーの記者会見は冒頭から未来社会のアニメ動画で始まりました。
日産に新たな提案は見えない
日産が近未来車として描いたEVコンセプトカーが次々に登場し、クルマを介した生活の様子を紹介します。動画自体は5、6分間はあったかもしれません。途中、このまま映像が続き、日産の内田誠社長が登場しないで終わるのかと不安になったほど長かった。最後に次世代の高性能スーパーカー「ニッサン ハイパーフォース」を発表。この車はバッテリーの弱点を補う全固体電池を搭載した高出力車との設定です。現在のエンジン車に例えれば「GT-R」と言って良いでしょう。
内田誠社長は合計5台のコンセプトカーをお披露目しながら、「創立時から受け継ぐ他がやらぬことをやるという精神から生まれたまさに日産しか作れないEVで、私たちが目指す未来を象徴する」と強調しました。EVが主役の映像は素晴らしい内容でした。しかし、トヨタと同様、これまで日産が取り組んでいた新車開発をEVという乗り物に置き換え、焼き直しただけの印象です。最大の目玉である高出力EVは、まさにGT-Rの焼き直し。他社を圧倒できる目玉がGT-Rとは・・・。
プレゼンのほとんどがアニメ動画
内田社長は日産のPRを支える広告代理店の演出に従っただけかもしれませんが、日産自ら日本、あるいは世界に提示する未来がなかったのかもしれません。アニメ動画を使ってほとんど語ったていたプレゼンテーションを見ると、日産の乏しい構想力を曝け出してしまった寂しさを覚えました。
◆ 日産の写真は、ホームページから引用しました。