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マードック 欲望に囚われた一代限りのメディア帝王 継承ラクランは帝国を維持できるか 

 世界のメディア王と呼ばれたルパート・マードックが経営の最前線から退くそうです。オーストラリア南部のアデレードに本社に構える新聞社を欧米の新聞、テレビなどを収めるメディア帝国にまで育て上げました。幸運にもアデレードで何度もお話を聞く機会を得ましたが、その後日本の新聞社買収まで持ちかけられ、困ったことがあります。もちろん、断りました。

アドレードの株主総会で会う

 マードックが率いる新聞・テレビがジャーナリズムなのかと問われれば、正直躊躇します。ただ、日本も同様ですが、メディアが時の政権にすり寄るのは不思議ではありません。マードックのメディア事業をみると、素晴らしい事業家と称賛できても、彼の傘下の会社で働く気はしません。向こうも採用してくれなかったでしょう。

 9月21日、フォークス・コーポーレーションとニューズ・コーポレーションはマードック氏が11月に会長を退き、名誉会長に就任。後継者としてラクラン・マードック氏が会長に就くと発表しました。

 ラクラン・マードック氏はニューズ本社があったアデレードで開催した株主総会で言葉を交わしたことがあります。壇上には議長を務める父親の横にラクランやジェームズの息子2人が並んでいました。強烈な個性の持ち主の父親と違ってラクランはとても心優しい印象でした。取材で話しかけるとていねいに対応してくれ、すぐ横で多くのメディアから質問が殺到する父親に「日本の新聞記者の話も聞いってやって」と気配りまでしてくれました。好青年でした。

後継のラクランは好青年

 しかし、父親にはメディア帝国を率いる力量はまだ物足りないと映ったのでしょう。欧米のメディアをどんどん買収して膨張するニューズの後継はすんなりラクランの手に渡ったわけではありません。父親は一度、ラクランに譲ったものの、経営手腕に不安を覚えたのか、次男のジェームズに移します。といっても、結局は父親ルパート本人がすべての実権を握り、表現は悪いですが、やりたい放題していました。

 ルパート・マードック氏。92歳。1931年オーストラリアに生まれ、父親からアデレードの地方新聞社を引き継ぎ、英国の大衆紙サンを買収したのを足掛かりに英国、米国の新聞,テレビ,出版,映画会社などを積極的に傘下に収め、世界を代表するメディア企業にのし上がりました。

 しかし、最近は公私含めて混乱が増え、その経営手腕に疑問符が付いていました。その象徴は盗聴事件でしょう。マードック帝国は屋台骨がかなり弱っていることが露呈した事件です。 

 2000年代、英国傘下の新聞社が起こした盗聴事件をきっかけです。マードック氏、そして傘下のメディアに対する猛烈な批判が巻き起こりました。例えば2010年、欧州メディア戦略の要となる衛星テレビのBSkyBの完全子会社化を計画しました。メディアの寡占などを理由に他の主要メディアから強硬な反対にあいましたが、マードック氏から強い影響を受ける英国政府は1年余り検討の末,2011年6月に最終承認を出す意向でした。

 本来なら、すんなりと完全子会社化は承認されたはずでした。イギリスで販売される新聞の4割がマードック系で,労働党,保守党に関わらず,過去30年間マードック氏の支持のない政治家は首相になれないとまでいわれるほど。しかし、承認を発表する直前に新たな盗聴スキャンダルが発覚。一転ニューズ・コープはBSkyB買収計画を撤回せざるをえなくなりました。

揺れが止まらない帝国

 帝国は米国でも空回りし始めていました。2020年の米大統領選を巡る報道で、フォックス傘下のケーブル報道局「FOXニュース」が複数の名誉毀損訴訟を抱えました。原告の投票機メーカーと和解しましたが、和解額は7億8750万ドル。米国の名誉毀損訴訟としては最高水準の損失だそうで、多くの投資家から批判を浴びました。

 内部告発もありました。流出した資料により、FOXニュースの混乱ぶりも広く知られ、マードック氏が創り上げ神話は明らかに崩れかけていました。22年後半にはフォックスとニューズの合併を検討しましたが、最終的には23年1月に撤回。ルパート・マードック氏も多くの歴史が教える通り、帝王の座を降りる日が近いことが誰もが予想し始めたのでした。

 プライベートでもドタバタが目立っていた。2022年に約6年連れ添った4人目の妻ジェリー・ホール氏と突然離婚。翌年の23年3月には保守系のラジオパーソナリティーの女性と婚約したことが明らかになりましたが、2週間後には婚約破棄を発表した。

ラクランは掌握できるか

 帝王が退くと宣言しても、再び玉座に舞い戻る。歴史が教える真実です。長男ラクランがどこまで経営を掌握できるのか。かつて好青年も一度の挫折を経験、その後は脱皮を繰り返して父親に肩を並べる経営者に育っているかもしれません。独裁的な経営は目指さないと思いますが、果たしてあのメディア帝国を時代に合わせて進化できるのか。ラクラン、頑張れ。

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