閉塞を飛び越えるバネに無限大の可能性 ニッパツに日本の製造業の強さを見る
バネの世界は無限大。こんなにおもしろいとは思いませんでした。1985年、自動車部品メーカーのニッパツ(当時は日本発条)を初めて取材した時の率直な感想です。進取の精神とアイデアがあれば、可能性はいくらでも拓ける。製造業のダイナミズムを肌で感じ、なんか楽しい気分になりました。
製造業のダイナミズの象徴
40年近く前に驚いたバネの可能性は期待通り、いや期待以上に跳ねています。2024年3月期決算は売上高が前年同期比10・6%増の7669億3400万円、営業利益が20・2%増の346億5200万円、経常利益が28・1%増の478億1400万円、純利益が82・0%増の391億8800万円。前期比で2桁台の伸び率を記録する派手な数字が並ぶ好決算です。
自動車部品といえば、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなどの陰に潜む黒子のように思われがちですが、3〜5万点の部品の集合体であるクルマの評価を定めるのは部品の性能です。ニッパツの場合も螺旋状などに成形されたバネは目にする機会がほとんどありませんが、エンジン、シート、サスペンションなどで数多く使われ、車以外でもいつも身の回りにある家電や情報機器などの「ナカ」で活躍しています。実は日本の製造業の強さを支える「小さな主役」なのです。
自動車と情報機器で高いシェア
ニッパツの取扱商品は売上高の8割近くを占める自動車部品のほか、ハードディスクドライブ(HDD)や半導体関連などと幅広く、用途別で見たら数え切れません。主要部品の世界シェアは頭抜けています。車体とシャシーを支える懸架ばねのシェアはトップ。世界の車4台に1台は搭載しています。ハードディスクドライブ向けはなんと2台に1台。電子機器のプリント配線基板に使う金属基板は3割以上のシェア。自動車、電機・情報通信を押さえているので、好不況に襲われても、好調な業種が不振な業種を補う関係も出来上がっています。
好決算の2024年3月期もそうでした。自動車部品は2023年3月期が半導体不足などで自動車生産が落ち込みましたが、生産回復で大幅増益に。半面、ハードディスクドライブや産業機器の減産を反映して落ち込みましたが、自動車が情報機器などの不振を補い、増収増益を実現しました。2025年3月期は情報機器向けが伸びる見通しで、さらなる好業績期待され、株価も上向いています。
経営戦略は系列に縛られず、積極果敢
ニッパツの強さは、自動車メーカーの系列に縛られずに独自の経営戦略を積極的に打って出る点です。トヨタ系列の部品メーカーの場合、どうしても頂点に立つトヨタの戦略に左右されますが、ニッパツは自力で生きるしかありません。創業が1938年の芝浦スプリング製作所の買収でスタートしたのが象徴的です。
経営者も強い。創業時から関わった藤岡清俊さんにお会いした時のオーラを忘れることができません。すでに社長を退いていましたが、経営戦略を下す決断力、それを実行する意思力を体中から発散していました。実際、1960年代から米社との提携・資本参加、タイや台湾での現地生産など海外戦略を打ち出します。私が取材していた1980年代には米GMと提携し、FRPの懸架バネの生産を始めます。主力顧客である日本の自動車メーカーに囚われず、新技術と新市場が目の前に広がっていれば、迷わずに挑戦する経営姿勢に感服します。
ニッパツが顧客から信頼され、商品開発に関わっているのかのエピソードを一つ。新製品開発は極秘で進められますが、基本設計を終えた後は実際に量産に移行できるか、部品の試作・生産を繰り返します。ニッパツの工場を歩いていたら、これまで目にしたことがない部品の試作品を見つけました。部品の機能がわかったので、「この部品は〇〇エンジンでしょ。あの新車に使うんじゃないですか」と担当者に謎掛けしたら、苦笑するだけでしたが、正解でした。思わず「この設計にはまだ難点があって、これをクリアできなければあの画期的な新車は誕生しないでしょう」と解説してくれました。「あの車」は数年後、世界でも高い評価を集めるエンジンを搭載して誕生し、その自動車メーカーは自らを世界的なブランドに高めるチャンスを手にしました。
新製品の極秘情報を目にすることも
誤解しないでください。ニッパツの現場が企業秘密を漏らしたわけではありません。数多くの取材を重ねた後、ニッパツの現場を眺めていれば、自動車や情報機器の新製品の動向がほのかに浮かぶ上がってくることもあるのです。
バネは伸びたり、縮んだりと機能は明快です。しかし、顧客が望む伸び縮みの精度、耐久性などを実現するためにはとても高度な技術力と量産する経験が不可欠です。これは一朝一夕で出来上がるものではありません。まさに日本の製造業の経験とアイデア、そして挑戦力の成果です。
ニッパツはバネを通して「まだまだ日本には底力があるんだ」と教えてくれる会社です。
「ニッパツってどんな会社?」 興味をお持ちの方はこちらから。
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余談です。
「NHKはうちが最初なんですよ」。日本発条を取材に訪れた時、広報担当者が笑いながら教えてくれました。日本発条株式会社をアルファベット表記し、その頭文字を並べると確かにNHK。ちなみに日本発条の創業は1939年9月。
NHKといえば日本放送協会を思い浮かべますが、NHKを使い始めたのは戦後から。日本発条にNHKを使わして欲しいとお願いに来ましたが、断ったそうです。それでもNHKを使う方針を変えないので、お互いのNHKを区別するため、日本放送協会のNHKは斜めに表記することで合意したそうです。日本発条のNHKは右肩下がりに倒れずに真っ直ぐに表記しているので、倒産しない会社というジョークもあります。混同を避けるため、1995年5月から「NHKニッパツ」という呼称も使っています。