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平櫛田中の言葉

永守さん 後継者は精密モーターと違います 未来を託す緩さが名経営者の条件

 日本電産の創業者、永守重信会長が2022年4月21日、最高経営者(CEO)に復帰しました。永守さんはこれまでもトップの座を離れ、後継者に託す機会を自ら演出していましたが、結局は復帰しました。昨年4月、日産自動車出身の関潤氏をCEOにすると表明しましたが、就任から数えると1年も持ちませんでした。

永守経営は合理主義に徹する

 永守さんの経営は合理主義そのものです。工業高校から職業訓練大学校を経て音響機器メーカーのティアックに入社。1973年に日本電産を3人で創業し、小型モーターの会社として成長し続けて世界企業になりました。当時のティアックは世界中のオーディオファンから高く評価され、私にとっても憧れのブランドでした。学生時代にかなり無理してティアックのテープデッキを買いました。そのティアックで修行した永守さんです。製品の性能には絶対的な完成度を求めます。工業高校、職業大学校を通じて確かなものづくりを骨の髄にまでたたきまれているだけに、今の職業能力開発総合大学校にとってヒーローです。

 もちろん、日本の産業界でもヒーローです。精密小型モーターの世界的なトップシェアメーカーとして地位を一代で築き、主力納入先は電子機器、パソコン、自動車など幅広い業種に渡ります。決算発表などでの発言は先行きの景況を占う重要な里程標として常に注目を集めます。永守さんのひと言で日経平均が上がったり下がったりするのは1度や2度ではありません。投資家の中には永守さんの発言をまるでアイドルの言動のように受け止めて一喜一憂する方も多いのです。

 アイドルばりの注目を集めるとはいえ、経営判断はデジタルです。ゼロか1。つまらない例ですが、ここ5、6年前までは広告にほとんどお金を使いませんでした。主力顧客が企業ということもありますが、新聞やテレビの取材を受ければ広告費ゼロでPRできると割り切っていました。無駄なおお金は使わない。はっきりしています。その代わり取材はよく受けてもらい、助かりました。

そのひと言が株価を動かす、産業界のアイドル?!

 ですからテレビで企業イメージのCMを開始した時は驚きました。長時間労働の過労死が相次いでいた時期で、日本電産についても「仕事が厳しい」との噂が広がっていました。一般消費者向けがほとんどのテレビCMに縁がないと思われた日本電産が始めただけに、ブラック企業との誤解を打ち消す狙いで先手を打った感じです。

 日本電産が機械メーカーを傘下に収めた時もこんなエピソードがあります。その機械メーカーはスピードスケートの名門でした。スケートに力を入れるだけ会社業績に余裕はないと判断して廃部にする方針だったようですが、平昌冬季五輪で所属する部員が金メダルを獲ったら継続が決まりました。金メダリストと一緒ににこやかにテレビに登場したシーンにはホント驚きしました。君子豹変す、です。余談ですが北京冬季五輪直後、そのスケート部は廃部が決まりました。

 永守さんが実践することは端から眺めていると首尾一貫しており、とてもわかりやすい。どんなライバルにも勝てる競争力を磨き、継続するためには「何をすべきか、何を捨てるべきか」を常に考え、決断しています。自身も厳しく律する方です。

 後継者選びでも哲学は変わりません。誰それを後継者として社内外に宣言した後も、経営手腕と会社の業績を見比べます。「今の株価にがまんならない」との発言で表現していますが、短期で結果が出なければ切られる覚悟と厳しさを後継者にも求めています。

 しかし、後継者選びで勘違いがあるのではないかと眺めています。過去、何人かを後継として期待した人物はいずれもサラリーマン育ち。しかもシャープや日産自動車など大企業で出世の階段を上がってきた人です。ゼロから創業した経営者と覚悟が違いすぎます。もともと選択する人材に難があるのではないかと察します。日本電産は世界的な会社になった。だから、かつての中小企業とは違い、世界的な会社を経営した経験が必須と考えているフシを感じます。

 幸運にも、カリスマ経営者とお話しする機会が多々ありました。本田宗一郎さん、鈴木修さん、井深大さん、盛田昭夫さん、稲葉清右衛門さん、柳井正さんら。とても親しく付き合った方もいますし、取材などで何度もお会いするだけの人もいましたが、貴重な機会を通じて人柄にも触れることができました。

 永守さんは息子さんに後を継がせないと話しているようですが、鈴木修さんや稲葉さんも同じでした。しかし、結果は二人とも息子さんが会社を背負い、さらに成長を続けています。社内外から人材を選ぼうと努力しましたが、結論は違いました。

彫刻家、平櫛田中さんの思いは会社の後継者育成に通じるはず

 ホンダ、ソニーをみても、偉大な創業者が残した財産の重荷にあえぐ後継社長が続きました。それでも奈落の底が見えたと思える経営危機を乗り越えながら、会社は進化していきます。

平櫛田中の未完の木

 永守さんらカリスマ経営者をみていると、彫刻家の平櫛田中さんが思い浮かびます。「鏡獅子」など素晴らしい作品を残し、107歳まで現役で活躍しました。自宅にはあと30年も制作できる大木があったそうで、先日ご自宅を改造した美術館を訪ね、その一部である大木を見る機会がありました。

 「いまやらねばいつできる。わしがやなればだれがやる」と書かれた色紙を見つけました。彫刻制作にかける燃えるような強い気持ちを目の当たりにして、とても感動しました。訪ねたもうひとつ理由は「未完の木」を見ることでした。まだ全く手付かずの大木の幹から、まだ叶わぬ傑作を創り出そうという平櫛田中さんの彫刻家としての誇りと自信を感じます。これこそが「永遠」に継承される彫刻ではないかと思いました。

 自分が創業した会社は自身の子供であり、社会の財産です。思った通りに育てようと考えても別の人格が生まれ、会社は創業時と違ったモノに変化します。その会社を引き継ぐ人物は、どんなに努力しても創業者の思いの通りに動くわけではません。世界を席巻する日本電産の精密小型モーターとは違うのです。

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