
自らを秒殺した永守ニデック、 勝負眼を失ったM&Aに成長戦略はない
「10秒で決めた」。残念だなあ〜、もうちょっと次に繋がる発言を期待していたのに。
ニッデク創業者の永守重信さんは6月20日の定時株主総会で工作機械大手の牧野フライス製作所に対する「同意なき買収(M&A)」を撤回したことについて「最初から1円でも高くなるならやめるつもりでいた」と述べ、「裁判所の判断が出て10秒で決めた」と言い切りました。
「10秒で決めた」
朝日新聞によると、永守氏は「絶対に買おうと思えば買えたが、そういう考え方は持っていない。やめる条件を決めていたので、裁判所の判断が出て10秒で決めた。相手が価格を上げたらこっちも上げるようなバカなことはしない」「海外だったらすぐに終わっていた。日本の市場は非常に遅れている」との不満も漏らしたそうです。
「10秒で決めた」。迷いがない見事な即断と聞こえるかもしれませんが、それは勘違い。ニデックの経営の現状と脆さのすべてを語っています。
まずは、やっぱり今も個人商店のまま、社長はお飾りだったと誰もが感じました。永守氏は社長をソニー出身の岸田光哉氏に譲った今、経営執行の担務はM&A担当役員。ニデックの創業者であり、代表権を持ったグローバルグループ代表の地位を保持し、経営の実権を握っているとはいえ、形式だけでも上場企業の経営者として振る舞って欲しかった。代表取締役でもある岸田社長の判断を仰がずに「10秒」で決断できてしまう会社って、コーポレートガバナンスが形骸化していると吐露しているようなものです。
未来を見透す眼に危うさ
岸田社長は株主総会後の記者会見で「価格や手法を含め、誠意を持って取り組んだが、その先に至れなかった」「日本で同意なき買収に挑むのは時期尚早だったという学びを得たが、全世界でのM&Aの戦略になんら変更はない」と話しています。
なんとも情けない内容です。仕掛けたニデックが「誠意を持って」と言っても、牧野フライスは誠意を感じない同意なき買収に反発して対抗策を講じたのですから、なんともピンボケ。「日本では時期尚早」という教訓を得たと強調しても、失礼ながら牧野フライス・レベルの買収を成功できない会社が世界のM&Aで活躍できるわけはないでしょう。失礼ながら、「井の中の蛙」ともいえる勘違いな発言です。
もっと深刻な脆さは、勝負師・永守氏の勝負眼が鈍ってきたことです。小さな工場から2兆円を超える機械メーカーにのし上がった原動力はM&Aです。創業以来、74社を買収した永守氏は百戦錬磨を経験した勝負師そのもの。ニデックの個人株主にとどまらず機関投資家も心酔させたのは永守氏の勝負眼です。「永守氏が上がる」といえば、その一言だけで東証の日経平均は上昇しました。彼のカリスマ性に誰もが魅了されたのは、かならず成功させる勝負眼にありました。
牧野フライスの失敗は、勝負眼に翳りが出てきた証です。永守氏は株主総会で「買おうと思えば買えたが、そういう考えは持っていない。値段を上げれば採算性が合わない」と説明しましたが、こちらも悔し紛れの弁明にしか聞こえません。同意なき買収を仕掛けた時点で提示した買収価格で決着すると予想していたのでしょうか。直近の芝浦電子を巡るミネベアミツミと台湾・ヤゲオによる買収合戦をみれば分かる通り、買収価格の競い合いは当然のシナリオです。
同意なき買収を仕掛けて、相手がその価格のまま受け入れたら、よっぽどのお人よし。伝説の投資家、清原達郎さんが著書「わが投資術」で永守さんを名指しで日本でも割安株で知られた牧野フライスを買収したらどうかと勧めていましたから、永守さん以外の企業や投資ファンドも隙あらば牧野フライスを狙おうと考えていました。ちょっと事情を知っている人間なら、優れた技術力で知られる牧野フライスの買収価格は必ず上昇すると確信していたはずです。
「5000億円、1兆円の会社も買える」と豪語していたが
「やめる条件を決めていたので、裁判所の判断が出て10秒で決めた。相手が価格を上げたらこっちも上げるようなバカなことはしない」。仮に本音だとしたら、勝負をかけた相手の企業価値を見誤っていたとしかいえません。
1年前の2024年4月、永守氏は2030年度に売上高を10兆円にする目標の達成に向けて「売り上げの半分はM&Aで行く。本格的な大型の買収もする」とM&Aを成長戦略の大黒柱だと改めて強調しました。「今なら5000億円、1兆円の会社も買える」とまで豪語しました。牧野フライスの買収予定金額は2500億円でした。小型モーターに続く工作機械を拡大したいニッデックの成長戦略を考慮すれば、出し惜しみする理由はありませんでした。
「10秒で決めた」。この言葉はニデックの成長戦略を自ら秒殺するとともに、輝かしい栄光を築き上げてきた創業者の眼が残念ながら鈍り、曇ってきたことを教えてくれます。