• ZERO management
  • カーボンニュートラルをZEROから考えます。

サントリー・伊右衛門、マーケティング巧者が自らの巧みに溺れる

  サントリーの「伊右衛門」は迷路を彷徨っているのでしょうか。サントリーは日本で最もマーケティングが巧みな会社の一つです。それが、なぜ飲料の主力商品である緑茶「伊右衛門」は販売不振に陥ったのか。商品開発力が卓越なサントリーだからこそ経験するマーケティング戦略の罠にハマったかのようです。

20年目の全面リニューアル

「とにかく、やれることは全部やります。もう一度伊右衛門の原点に立ち戻り、新しい伊右衛門を成功させたい」。毎日新聞3月10日付記事によると、「伊右衛門」の全面リニューアルを発表した2月29日、サントリー食品インターナショナルのブランド開発事業部の多田誠司部長はこう強調しました。味もパッケージも一新。緑茶飲料のファンは慣れ親しんだ好みの製品を購入するだけに、思い切った決断でした。

 伊右衛門は2004年、京都府の老舗・福寿園と共同開発したヒット商品です。お茶そのものの味わいを前面に出した商品企画は、伊藤園が1990年に発売し、緑茶飲料の先駆けとなったトップブランド「お~いお茶」との差別化に成功しました。

 しかし、売れ行きに陰りが目立ってきました。伊右衛門の販売実績は2023年、前年比7%減。過去最低の減少率です。サントリーの飲料販売は、全体で2%増と過去最高を記録しています。圧倒的な販売力を持つサントリーであっても、伊右衛門の落ち込みを補えなかったわけですから、衝撃です。

 理由はさまざま。飲料製品の多様化、スーパーなどのプライベートブランド(PB)製品による価格低下、緑茶飲料の新規参入などいろいろ指摘できますが、数ある緑茶飲料の中から選ばれるブランド力の衰退は明白です。

苦戦の節目は特保から?

 この20年間、数え切れないほどリニューアルを重ねました。大きな節目は底上げを狙って投入した特定保健用食品「伊右衛門 特茶」ではないでしょうか。2013年10月、「体脂肪の減少を助ける」をキャッチフレーズに健康志向の飲料市場を開拓し、伊右衛門のファン層の拡大を狙います。特保飲料は、乳酸菌系など幅広い分野を取り込みながら拡大していますが、緑茶として新規参入したことで「お茶として味を楽しむ伊右衛門の個性」が雲散し、ブランド力は拡散しました。

 今回の全面リニューアルはいわば原点帰り。「味わう、伊右衛門」を掲げ、茶葉の量を5割増やしたほか、高い人気を集める抹茶の味わいを強調し、「香りと旨味」を商品コンセプトに据えています。元々、創業1970年の福寿園と開発し、抹茶、緑茶本来の味わいを追求してきたはずだったのに、「玄米茶」「焙じ茶」「麦茶」などの”味変”を繰り返し、特保投入により緑茶としての飲料を自己否定した印象を持ちます。今回のリニューアルは過去20年間の反省と教訓が反映されているはずです。

 もっとも、出口を見つけられず迷い続ける伊右衛門の未来は予想していました。綾鷹のブランド戦略をわずかですが、お手伝いした経験があったからです。綾鷹は2007年に日本コカ・コーラが投入した緑茶飲料です。伊右衛門の手法と同様、京都宇治・老舗の上林春松本店と組み、「急須で入れたような緑茶の“味わい」が売り物でした。綾鷹より3年前に発売され、大ヒットした「伊右衛門」の背中を追い、抜き去るために設定したブランド戦略です。

綾鷹は伊右衛門を横目にぶれず

 お手伝いした頃、伊右衛門の背中はまだまだ遠く、試行錯誤を重ねてブランド戦略を練り上げるぐらいの段階でした。ただ、コカ・コーラのブランドマネージャーは自信たっぷり。「抹茶、緑茶の味わいを一貫して維持して、綾鷹だから間違いないとの信頼を得るまで継続します」と言い切ります。展開する広告は、ライバルを上回る「茶らしい味」と共に、購入者の期待を裏切らない味の維持を訴えることを基本にするといいます。

 清涼飲料市場でサントリーと競い合うコカ・コーラです。伊藤園の「お〜いお茶」、キリンビールの「生茶」、コカ・コーラの「綾鷹」と過熱した販売競争を繰り広げるあいだに、サントリーは販売増を死守するために多種多様な商品開発を加え、マーケティングを展開するとコカ・コーラは予想していました。同じ伊右衛門のブランド名を冠しながらも、多彩な味わいを持つ新製品が数多く加わり、発売当初に掲げた伊右衛門の「茶本来の味わい」のキャラクターが霞むと確信していたようです。

常識に囚われないマーケティングが強み

 サントリーは販売目標を達成するため、営業現場と広告などが一体となってマーケティングに注力する会社です。常識に囚われずにさまざまな飲み方を提案して、これまで無縁と思われた客層を取り込む術に長けています。2014年に米ビーム社を160億ドルで買収し、「ジム・ビーム「メイカーズ・マーク」などバーボンの有名ブランドを手にしました。日本では缶酎ハイのような商品を開発、若者が安価に楽しめる売り方を確立しています。

 本来の味わいにこだわらず、購買層をいかに拡大するかに腐心する。サントリーのマーケティングの基本戦略であり、実際に成功を収めてきました。本来の味わいに固執してしまい、売り上げが伸びないサッポロビールとは対極です。

伊右衛門は歯車に狂いが

 伊右衛門も同じ手法を積み重ねてきました。唯一、歯車が狂ったのは、本来の味わいと銘打った茶そのもののコンセプトを自ら崩してしまったことです。茶という主軸は変えていないつもりでも、派生商品があまりにも増えた結果、購入者はどれが欲しい伊右衛門かがわからなくなってしまい、愛着心を失ってしまったのです。

 もっとも、サントリーの伊右衛門マーケティングは変わらないでしょう。万が一、変わってしまったら、サントリー本来の強さを失うからです。まさに伊右衛門の二の舞を演じてしまうのですから。

関連記事一覧

PAGE TOP