• ZERO management
  • カーボンニュートラルをZEROから考えます。

5兆円が教えるトヨタの病巣 遅すぎる未来投資 プリウスの志はどこへ

クルマの未来を変えていく」。トヨタ自動車の佐藤恒治社長は2024年3月期決算を発表する記者会見で2兆円の未来投資計画を明らかにしました。「今期は意思を持って足場固めに必要なお金と時間を使っていく」。目の前の現状を直視します。

 その瞳には山積する課題が映っています。5兆円を超える営業利益を計上しましたが、日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機とトヨタグループから不正認証問題が相次ぐ一方、EV(電気自動車)など脱炭素の取り組みが急務です。世界一の自動車メーカーの座を制しているとはいえ、「足場固め」という言葉を選び、奢らず真摯に取り組む姿勢を強調しました。

2兆円の未来投資を計画

 当然、未来投資2兆円の重点はEV、水素を使う燃料電池車の開発・実用化。駆動系やシャシーだけでなく、インターネットや人工知能(AI)を活用した自動運転やエンターテインメントも標準装備しなければいけません。自動車の枠を超えて多くの企業と提携して情報通信の最先端技術を取り込むしかないだけに、「自動車屋」の発想を飛び越える必要があります。だからなのでしょう、2兆円のうち人的投資としてグループの不正問題も念頭に人材の育成や採用に向けて3800億円を想定しています。

 投資規模2兆円は日本の製造業としては特筆に値する高水準です。もっとも、トヨタの投資計画として冷静に眺めた場合、果たしてそうでしょうか。地球温暖化の主因であるCO2を排出する自動車産業にとって、EVの開発・実用化は投資計画の最重要テーマ。トヨタはすでに2021年9月、2030年までに自動車用電池の開発・生産に1・5兆円を投資するとともに、EVと燃料電池車(FCV)の普及を急ぐ考えを示しています。

 トヨタの年間設備投資の推移をみると、2006年3月期の1兆5288億円、2018年3月期の1兆3000億円と時々で凸凹はありますが、年間1兆円を超えます。18年前の2006年に1兆5000億円を投資しているのですから、営業利益5兆円を稼いだ2024年度の投資額が2兆円と公表されても驚きません。むしろ、「ちょっと少ないんじゃない?」「遅すぎる」といった素朴な疑問が浮かびます。

プリウスは豊田英二会長の英断で成功

 5兆円超を稼ぎ出した原動力であるハイブリッド車「プリウス」を改めて思い出してください。エンジンと電気モーターを組み合わせるハイブリッド車の発想は古くからありましたが、実用化が非常に難しく欧米の自動車メーカーはお手上げでした。トヨタも1975年の東京モーターショーで初めてハイブリッド車を公表しています。プロトタイプとなったのは、最上級車「センチュリー」。同じハイブリッド車といえども、「プリウス」と正反対のコンセプトです。実用化よりも技術のお披露目が狙いだったのでしょう。

 それから22年後の1997年12月、世界で初めて量販車として誕生しました。「プリウス」です。成功を後押ししたのは、豊田英二会長の一言でした。「もう少しで21世紀が来ることだし、中期的なクルマのあり方を考えた方が良いのではないか」。率直に言って性能面で課題はまだ山積していましたが、排ガスを撒き散らす元凶である自動車が「環境にやさしい」と180度変わる評価を獲得したのです。目の前に難問が待ち構えているのを承知しながら、推し進めた豊田英二会長の慧眼はずばり当たりました。

 EVや燃料電池も先駆だったはず

 実はEVもトヨタは先駆です。1992年年にEV開発部を創設し、翌年の1993年に「クラウン・マジェスタEV」を販売しました。バッテリーや充電などの課題を抱えていたため、購入したのは官公庁ぐらいでしたが1900台も販売したそうです。

 EVの流れを決定付けたのは2012年のカリフォルニア州の規制でした。販売の一定数をCO2などを排出しないゼロエミッションの車で占めなければいけない内容でした。トヨタはすでにEV、燃料電池車などゼロミッション実現の取り組みで世界をリードしていました。新しい環境技術の流れに乗り遅れるはずがないと思ったのですが・・・。

 世界の自動車メーカーにとっては文字通り、激震でした。クルマとしてのデファクトであるエンジン車を捨てる選択はありません。自動車メーカーを頂点に膨大な企業が集積する産業ピラミッドを崩壊させるわけにはいかないからです。

 米テスラはじめ欧米の政府や自動車メーカーがEVの開発に向けてどっと走り始めた頃、日本自動車工業会の会長会見でトヨタ社長の豊田章男会長は「カーボンニュートラルは雇用問題であることを忘れてはいけない」「一部の政治家からは全てEVにすればよいとか製造業は時代遅れだという声を聞くが違う」と強調し、日本の自動車産業はハイブリッド車からEVへゆっくりと移行するのが最適との考えを幾度も強調していました。日本経済の基幹産業である自動車が崩壊してしまったら、どうなるのか。誰もが不安を覚えました。

 しかし、自動車に限らず主導権、言い換えればデェファクトスタンダードを握った者が勝利者の権利を有します。トヨタが5兆円超の営業利益を稼ぎだす力を持っているのも、世界初のハイブリッド車を発売し、世界市場のデェファクトを握ったからです。

 欧米がEVを急加速した背景には、自動車市場の主導権をトヨタから奪い取る狙いがあったのは事実です。皮肉にも今では中国が欧米を凌ぐ勢いでEVを生産、世界で販売し、欧米勢を圧倒し始めています。世界の自動車市場は主導権争いの真っ最中です。

 トヨタは1980年代から日本で最も稼ぐ製造業でした。ハイブリッド車の成功後も、EV、燃料電池車の開発で先行していたのです。技術力も投資余力も十分に持ち合わせていました。それがどうしてEVで欧米や中国に後塵を拝することになってしまったのか。未来投資の決断が遅過ぎたのです。

関連記事一覧